健康経営企業による悪意無き「健康監視社会」のディストピアとは命令も強制も無いまま(1/3 ページ)

» 2020年11月04日 08時00分 公開
[真鍋厚ITmedia]
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 わたしたちの気分の移り変わりや、上司や同僚とのコミュニケーション頻度、ここ数年の栄養状態や運動量などから導き出される健康リスク……。それらのデータを企業が積極的に収集・分析して、個々の社員のポテンシャルや将来性を見極める材料になったとしたらどうでしょう? 

 これは荒唐無稽な話などではなく、今や技術的に可能なプランであり、企業側がゼロリスクを目指すのであれば、非常に魅力的な予防策にもなり得るのです。

photo 企業の「健康経営」の重要性が高まっているが……(写真はイメージ、提供:ゲッティイメージズ)

生体情報とは「身体の内側」にあるプライバシー

 近年、健康経営がクローズアップされており、大企業を中心に「ヘルステックス」的な取り組みが進んでいます。ヘルステックとは、病気の予防や健康管理などのヘルスケアとテクノロジーを掛け合わせた概念のこと。

 例えば腕時計型のウェアラブル端末の場合、GPSや加速度センサー、ジャイロセンサーから「歩行距離」「位置情報」「消費カロリー」などが分かります。他の技術の活用で「心拍」「脈拍」「体温」「睡眠時間」などもリアルタイムで把握することができるようになります。

 企業はこのような端末を社員に貸与することで、健康診断や産業医面談などで得られない健康情報を取得することが容易になり、急病やケガはもとより潜在的な病気の兆候を掴(つか)んだり、生活習慣病の発症を未然に防ぐ取り組みの検討にも役立ちます。これは、建設業などの大規模な現場から広大なオフィスに至るまで、マネジメントする側の企業にとっても、働く側の社員にも大きなメリットがあるといえます。

 しかし一方で、プライバシー上の懸念も指摘されています。生体情報とは「身体の内側」を覗(のぞ)くことに他ならないからです。

 2019年9月、東急不動産ホールディングスと東急不動産が新本社「渋谷ソラスタ」で、社員の頭部に脳波測定キットを装着して働かせる実証実験の様子が報道され、ディストピア的な監視社会のイメージを抱いた人々の間で、ちょっとした炎上騒動に発展したりしました。もちろん企業側に悪意はありません。「ストレス度」「集中度」など5つの指標を可視化することが目的であって、職場環境改善を広くアピールする手段の一つでしかなかったと思われます。

 健康経営を謳(うた)う大半の企業は、健康リスクの最小化こそ望んでいます。労災、医療費などといったコスト面の問題だけでなく、ベストコンディションを作り出す心身の健康の最適化こそが、労働生産性を高めるための前提条件にもなっているからです。

 けれども、その副産物は予期せぬ潮流を作り出すかもしれません。

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