一方で、こうしたキャンセルカルチャーを問題視し、排除しようとする動きも出ている。20年7月7日に、文化人150人が連名でこの問題を批判する声明を発表している。J・K・ローリングや、MIT(マサチューセッツ工科大学)のノーム・チョムスキー教授などが含まれている。
企業にとっても、キャンセルカルチャーは決して看過できない。経済活動などにも多大な影響を与えることが統計などでも明らかになっているからだ。企業広報大手エデルマンが行った18年の調査によると、日本でも60%の人が企業などの社会的姿勢や政治的なスタンスなどによって商品の購入に影響があると答えている。
ではどう対処すべきなのか。参考になるのは、ディズニーかもしれない。実は、ディズニーの過去の作品を見ると、人種的に物議になるような描写がある。
例えば、1953年の『ピーターパン』では、アメリカ先住民に対して人種差別的な表現が登場すると批判されてきた。41年の『ダンボ』にも黒人差別があると指摘されている。また日本絡みでいうと、戦時中に作られた『ドナルドのコマンド部隊』で日本人をバカにしたシーンがいろいろと登場する。
批判の矛先が向きそうなとき、ディズニーはきちんと手を打っている。物議になりそうな描写がある映画は配信しなかったり、弁護士などとも相談しながら「注意書き」のような意見表明を出したりすることで対処している。
本編が始まる前に12秒にわたって、次のようなメッセージが流れる(早送りはできない)。
「ここで出てくるステレオタイプ的な描写は当時も間違っていたし、今も、間違っている。その部分を削除するのではなく、われわれはそれが有害な影響があることを認めて、そこから学び、一緒にさらに包括的な未来を想像するための議論を広げていきたい」
作品内の描写に「不快感」をもつ人がいるかもしれないので、注意してほしいと伝える。必要なのは、批判がある事実を認識して、それに対応することだ。
ちなみに、バラク・オバマ元大統領は大統領時代にこう言っている。「私たちが学ぶべきことのほぼすべてが、ドクター・スースの本にはある」。
人種差別など負の側面は、きちんと把握しておいたほうがいい。ただ頭ごなしに排除すると、失うものも大きい。
山田敏弘
元MITフェロー、ジャーナリスト、ノンフィクション作家。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフルブライト・フェローを経てフリーに。
国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)がある。テレビ・ラジオにも出演し、講演や大学での講義なども行っている。
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