愛知県知事リコール署名の不正はなぜ防げなかったのか? 受託者側から見る、問題の病巣問われる企業のモラル(4/4 ページ)

» 2021年05月13日 05時00分 公開
[川上敬太郎ITmedia]
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 もし“きな臭い”ことに気付けなかったのだとしたら、そもそもセンサーが働かないほど力不足の事業者が安易に受託してしまったということになります。事業を行う資格自体が問われてしまっても仕方のないレベルです。

 一方、本当は“きな臭い”ことに気づいていたものの、あえて受託したのだとしたらどうでしょうか。その場合は、3つのパターンが考えられます。

(1)受発注者間のパワーバランス

 1つ目は、発注者と受託者との間に依頼を断れないような力関係があった場合です。本当は受託したくなかったものの、受託せざるを得ないような不健全ともいえる支配力が働いていた可能性があります。

(2)担当社員の力不足

 2つ目は、この案件を担当した社員が未熟だった場合です。受託事業者としては断るべき案件だったものの、担当した社員が未熟だったがために“きな臭い”ことに気付かず、うっかり受託してしまったのかもしれません。その場合、未熟な担当者の一存で受託を決められてしまう組織構造そのものに重大な欠陥があったことになります。

(3)行き過ぎた売り上げ至上主義

 そして3つ目として考えられるのが、売上利益至上主義です。“きな臭い”とは感じていたものの、受託すれば売上利益になります。グレーなら売上利益を優先しよう、あるいは、ブラックであってもバレなければ売上利益になるのだからやろう、という判断が下された場合です。目先の売上利益に目がくらんで不正に加担してしまったのだとしたら、受託者に対する同情の余地はありません。

 リコール署名の不正問題は、一連の署名収集業務グループの下流側から見ても、その怪しさ、きな臭さが見えてきます。そこにセンサーが働いたのか否かにかかわらず、案件を受託した事業者側にも落ち度があるように思います。ほとんどの事業者がセンサーを働かせ怪しい依頼を断っていたとしても、1社でも受託する事業者が現れてしまうと不正は成立してしまいます。

 今回の不正問題は発注した上流側の犯罪性に焦点が当たりがちですが、下流にいる受託者側がしっかりしていれば防ぐことができたように思います。不正を認識していたか否かに関わらず、受託者もまた責任を認識すべきです。

 発注者に悪意があれば、その悪意に応じてくれる受託者を探します。しかし、悪意に応じる受託者がいなければ事件は起こしようがありません。もし発注者に悪意がなかったとしても、受託者が依頼内容の中にいち早く不正要素を発見して改善を要求し、改善されなければ受託しないという毅然とした態度を示せば、事件発生を防ぐことができます。受託する側がセンサーの感度を高め、断る勇気を持てば、事件発生を食い止める抑止力となるのです。

著者プロフィール・川上敬太郎(かわかみけいたろう)

ワークスタイル研究家。1973年三重県津市出身。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者を経て転職。業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員、広報・マーケティング・経営企画・人事部門等の役員・管理職、調査機関『しゅふJOB総合研究所』所長、厚生労働省委託事業検討会委員等を務める。雇用労働分野に20年以上携わり、仕事と家庭の両立を希望する“働く主婦・主夫層”の声のべ3万5000人以上を調査したレポートは200本を超える。NHK「あさイチ」他メディア出演多数。

現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、JCAST会社ウォッチ解説者の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等の活動に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。


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