東芝、「調査報告書」騒動の本質は? 事件から学ぶ2つの教訓歴史的な企業統治スキャンダルか(4/4 ページ)

» 2021年06月16日 09時00分 公開
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この事件から学べる教訓

 こうして考えれば、経産省からの圧力を受けても、株主提案を取り下げなかったエフィッシモ(レポートにもある通り、シンガポール拠点だがほぼ全員日本人)が、このスキャンダル渦中最大の愛国者だったのかもしれない。圧力に屈せず、フルに株主権行使をすることで、日本の株主民主主義の完全性を保とうとしたともいえるからだ。

 そして冒頭に触れた通り、たとえ株式投資に関心のない一般読者にも、東芝レポートから読み取れる教訓は2つある。

 1つ目は、なにか世間で目立つことをやる際、自分の評判はとても大切であること。エフィッシモは、その村上ファンドとの関連性や独特の投資スタイルが故に、具体的な安全保障上の懸念を生じさせるまでもなく、政府に“たたかれる”対象とされてしまった。

 2つ目の教訓は「現在のネット社会でも匿名を貫けるという妄想」の怖さだ。東芝レポート作成にあたり、当時の車谷氏自身の認識や言動については、なかなか材料が出てこなかった。東芝での業務にあたり、彼は電話や直接対話での連絡を多用するとともに、携帯電話のSMSを補助的に使用し、メールの使用は最小限に抑えていた。在任中に使用していた会社貸与の携帯電話は、データのほぼ全てが復元不可能な状態で返却されていた。また、車谷氏からのSMSを受信していたと思われる幹部は、2020年におけるSMSのやりとりは携帯電話の機種変更などによりすでに消去済みだった。にもかかわらず、その幹部が車谷氏からのSMSを社内メールに添付したことから、車谷氏の当時の認識や関与が浮き彫りになった。

調査報告書を受領したことを知らせるリリース(出所:東芝公式Webサイト)

 そういえば、筆者がまだ米国法弁護士をしていたころ、事務所内ではEmailの“E”は電子(electronic)ではなく証拠(evidentiary)のEだ、といっていたものである。あらゆる私的な対話が、録音されたり文字化されたりしている。そして、スクリーンショットしたものがサーバを経由して拡散するのが今の時代といえよう。

 話は変わるが、同じ教訓を示唆するものとして、最近発生したドミノ・ピザの事件がある。ある店員が店の厨房でシェイクをへらですくってなめる様子の動画がインスタグラムに投稿された。それをユーチューバーが自らのチャンネルで取り上げ、店に電話し、広報課が取材対応に追われた。当の本人は、「アカウントを鍵付きにしていたため」安心して投稿したという。ネット上も「障子に目あり」だ。われわれ自身、フェアに正直にわきまえてふるまうことが必要だ。

著者プロフィール

金武偉(キム・ムイ)

個人投資家の視点で上場企業ガバナンスについて発信中。投資家。ゴールドマン・サックス証券出身。元ニューヨーク州弁護士。マンティス・アクティビスト投資1号(株)代表。ミッション・キャピタル代表。

Twitter:@BestGovernance(ハンドルネーム:投資家ウィル)

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