「安いニッポン」の本当の恐ろしさとは何か 「貧しくなること」ではないスピン経済の歩き方(6/6 ページ)

» 2021年06月30日 09時25分 公開
[窪田順生ITmedia]
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「賃上げ」に取り組むべき

 このような話をすると、決まって「安倍が」「竹中が」「小泉改革が」という恨み節が聞こえてくるが、「安いニッポン」という構造的問題がつくられたのはもっと古い。諸悪の根源は1963年の中小企業基本法だ。

 これによって、日本は「中小企業は国の宝」を合言葉に、本来ならばビジネスモデルの破綻や競争力の低下などで市場から退場する運命にあった中小零細企業を補助金やらの国の強力なパックアップで、無理に「延命」させるというガラパゴスな政策を50年以上も続けてきた。

平均年収(出典:DODA)

 中小零細企業を延命させるには、賃金はなるべく低く据え置かなければいけない。労働者はどんどん貧しくなるので、結婚もできなくなっていく。少子化が進行するので、戦後復興の原動力だった人口増にブレーキがかかる。それでも中小企業の延命のためには賃金をあげられないので、生活に希望が持てない。

 中でも「絶望」するしかないのが若年層だ。年功序列という悪しき慣習のせいで、低賃金国家ニッポンの中でも輪をかけた低賃金を強いられている。まさに夢も希望もない状況だ。だから、日本は先進国の中で唯一、若年層の死因1位が「自殺」という「若者が夢を抱けない国」となっている。

 20年1月、米国のエモリー大学の研究者らが、全米50州及びコンビア特別地区の最低賃金の過去26年間のデータをもとに分析したところによれば、最低賃金が上がれば自殺率が下がることが示唆されたという。

 この賃金と自殺の関係を踏まえると、なぜ低賃金国家ニッポンで長いこと年間3万人もの自殺者が出ていたのか、そしてなぜコロナ禍で女性たちの自殺が増えているのか、という疑問の答えもなんとなく見えてくる。

 「中小企業は国の宝」という社会システムを守るため、労働者が犠牲を強いられる今のニッポンの構造は、戦時中、国体を維持するため、若者たちが玉砕や特攻を命じられたのと丸かぶりだ。それはつまり、「破滅」の道を歩んでいることにほかならない。

 一刻も早く「安いニッポン」から脱却しないと、われわれの子どもや孫たちの「命」が、国内外で軽く扱われてしまう。

 「中小企業が潰れないでたくさんあれば日本経済は絶好調!」というなんの科学的根拠もない「呪い」から解き放たれて、そろそろ国民をあげて「賃上げ」に本気で取り組んでいくべき時期にきているのではないか。

窪田順生氏のプロフィール:

 テレビ情報番組制作、週刊誌記者、新聞記者、月刊誌編集者を経て現在はノンフィクションライターとして週刊誌や月刊誌へ寄稿する傍ら、報道対策アドバイザーとしても活動。これまで300件以上の広報コンサルティングやメディアトレーニング(取材対応トレーニング)を行う。

 近著に愛国報道の問題点を検証した『「愛国」という名の亡国論 「日本人すごい」が日本をダメにする』(さくら舎)。このほか、本連載の人気記事をまとめた『バカ売れ法則大全』(共著/SBクリエイティブ)、『スピンドクター "モミ消しのプロ"が駆使する「情報操作」の技術』(講談社α文庫)など。『14階段――検証 新潟少女9年2カ月監禁事件』(小学館)で第12回小学館ノンフィクション大賞優秀賞を受賞。


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