「俺らの時代は」を繰り返す“ノスタルジックおじさん”が、パワハラ上司になりやすいワケスピン経済の歩き方(3/6 ページ)

» 2021年11月30日 10時11分 公開
[窪田順生ITmedia]

思い出話と持論をワンセットに

 「完全にコミュ障じゃん」と驚くかもしれないが、実は不正や不祥事の現場では、このように“思い出話”と“持論”をワンセットにして自己正当化する人が非常に多いのだ。

 筆者もある企業で不正行為をした人に直接、「なぜこんなことをしたのですか?」と質問をする機会があったのだが、やはり会話にならなかった。会社や自分が置かれている状況を客観的に振り返るように促しても、「われわれの時代はあれが当たり前だった」などの“思い出話”が返ってきてしまうのである。

 こっちは「現在」のあなたの心境について聞きたいと言っているのに、時計の針が止まってしまったかのように「過去」の話ばかりを持ち出す。ご本人はそれがおかしなことだとまったく気付いておらず、なぜ自分の主張が伝わらないのかとイラついていた。

“思い出話”と“持論”をワンセットにして自己正当化する人たち(提供:ゲッティイメージズ)

 このようなケースを多く見ていくうちに、“若いころの価値観に異常なまでに執着する人”――つまりは、「ノスタルジックおじさん」が、実は企業の不正や不祥事に大きく関わっているのではないか、という考えに至ったのである。

 ご存じのように、日本社会には「昔はセーフだけど今はアウト」というものがたくさんあふれている。神戸製鋼の品質不正が1970年代から続いていたことからも分かるように、現場だけしか知らぬ「暗黙のルール」が山ほどあった。水増し請求やキックバック、カラ領収書で裏金をつくるなんてテクニックは、警察でも普通に行われていた。

 そういう過去の価値観に引きずられている人は、当然やらかす。表向きはコンプライアンスだなんだと話を合わせているが、根っこの部分では、「そんなつまんねえこと言っているからダメなんだよ」という憤りがある。だから、時代錯誤的な不正に手を染めてしまうのだ。

 対人関係もそうだ。かつて新人は「奴隷」で、上司の命令はどんな理不尽なことでも絶対に従わないといけなかった。「飲め」と言ったらカッとコップを空けて、「忘年会で余興をやれ」と命じられれば裸芸もした。そのような過酷な試練を乗り越えると、ようやく一人前と認められて、大きな仕事が任せられた。ちょっと怒鳴って「それ、パワハラですよ」なんて言って人事部に駆け込むような若者は、「あいつはダメだ」とイジメにあうか、左遷されるのが定番だった。

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