言い方によっては「社員一丸となってお客さまのために値上げをしなかった」と美談にすることもできるが、やっていることを冷静に俯瞰(ふかん)すれば、値上げを回避するために「実質的な賃下げ」で労働者を犠牲にしているだけだ。もっと厳しい言い方をすれば、搾取である。
「さっきから聞いてりゃ理想論ばかりじゃないか。賃上げをした結果、会社が傾いて失業するよりもマシだろ、会社がつらいとき、社員が我慢をして乗り切るのは当たり前だろ」
滅私奉公カルチャーの強い日本では、どうしてもこういう意見が大多数を占めるが、これも「牛丼型労働」が定着する日本特有の思想だ。もちろん、世話になっている会社のために献身的に働くのは、さまざまな国でも見られる普遍的なものだ。
しかし、世界では仕事とは「生活するために金を稼ぐ」というものなので、経済環境が厳しくなる中で、賃上げもしてくれないような場合、労働者は見切りをつけて、条件がさらにいい職を探すのが普通だ。経営者もそれを分かっているので、率先して「賃上げ」と「値上げ」に踏み切る。
10月25日に放映された『Mr.サンデー』(フジテレビ系)には、米国の企業経営者が登場して、コロナ禍の中で「優秀な従業員を奪われたくない」という理由などから賃上げや値上げに踏み切った理由を語っている。
例えば、フィラデルフィアのファストフードチェーン「ヒップシティーベジ(HipCityVeg)」は、全店舗で平均12ドルだった従業員の時給を、最低賃金の15ドル(約1700円)以上も上げた。そのせいで主力商品であるバーガーは25セント(約28円)の値上げになった。
吉野家の牛丼は39円値上げで、マスコミが取り上げるほどの大ニュースになっている。このファストフードチェーンも頭を抱えているはず、と思うだろうが、CEOはまったくケロッとしてこんなことを言っている。
「実際多くのお客さんは、フェアな最低賃金を支給していると分かったら、“バーガー1個に追加で25セントを支払うことはかまわない。私たちのレストランでもっと頻繁に食べる”と言ってくれたんです」
このCEOだけではない。世界の経営者はどちらかといえば、こういう反応のほうがノーマルだ。「賃上げ」や「値上げ」は企業をより成長させるエンジンにしているのだ。
「企業努力を続けてきましたが、もう限界なので39円値上げします。え? 賃上げ? いや、減税してくれたり、景気がよくなったりしたら、ちょっとは考えてもいいですけど」なんてことを悪びれなく言えてしまう、日本の経営者のほうが異常なのだ。
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