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Web会議への移行で「気遣いレス」になっていませんか? 思い出したい茶道の格言「一座建立」茶道に学ぶ接待・交渉術(3/3 ページ)

» 2022年04月23日 10時00分 公開
[田中仙堂ITmedia]
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相手が話を始めやすいよう水を向ける

 正客の役割は、亭主の趣向を聞いて引き出すこと、と聞くと厄介なことだと思われたかもしれません。実は、茶会でも正客になるのに尻込みする人は多く、茶の世界で、「正客争い」といったら、誰が正客になるかで争うのではなく、どうやって正客にならずに済むかを争うことを意味するようになってしまいました。樹木希林さんがお茶の先生を演じた映画「日日之好日」でも、正客争いの場面が登場して、苦笑しました。

 しかし、亭主の趣向を聞くことは難しくありません。亭主は自分の趣向を伝えたい、分かってもらいたい、と思って茶席を設えたのです。だからといって、亭主が一方的に、「今回は、こんなことを考えて茶席を設えました。どうですこの道具、趣旨にピッタリでしょう。こちらもご覧ください……」などとまくしたてたら、亭主というよりもセールスマンです。亭主は、自分の趣向を伝えたくないわけではありませんが、かといって「求められてもいないことを相手に押し付けている」と思われたくもないのです。

 それならば、正客の役割は、亭主が趣向を話しやすいように、水を向けることです。きっかけを待っていた亭主は、趣向を話してくれます。刑事が容疑者の口を割らせるのとは、違うのです。

 商談で、いきなり「お久しぶりですね。さて、うちの商品を買いませんか」というセールスマンはいないでしょう。あいさつや世間話で場を温めた後に水を向ければ、相手もすぐにセールスの話に移ってくれるようなものです。

相手に関心を持ち、話を広げる

 あまり大きな声では言えませんが、自分が亭主になった時、好ましくないと感じる「客人の水の向け方」もあります。

 それは、「お道具の説明をお願いいたします」という切り出し方です。なぜ好ましくないのか、その理由は「これは、季節にぴったりのお道具ですね」という言い方と比べてみると、分かりやすいかもしれません。

 「お道具の説明をお願いいたします」には、亭主が用意した道具(その場の話題)に対して、話者である客自身がどう思っているかの判断が全く含まれていません。

 たとえ「季節にぴったり」といった月並みな言葉であっても、相手の判断が添えられていることで、相手が「道具そのもの」だけではなく「道具を選んだ亭主」にも関心を持ってくれていると分かります。

 では、この話を商談や接待時の「亭主→買い手」「客→売り手(あなた)」に置き換えて考えてみましょう。例えばあなたが売り手として臨んだ商談で、相手に「世間話は結構ですから、ご用件をお話しください」と言われた時。もしくは、「先日、御社の新商品をニュースで拝見しました。とても興味深いお取り組みですね」とか、提案を聞いた後で「当社の事業環境をよくご理解いただいた上でのご提案ですね」と言われた時を比べてみてください。

 前者のように、「世間話は結構」だといきなり本題に入ろうとされるより、後者の方が気持ちよく会話を進めることができるのではないでしょうか。私たちは、相手の話の進め方から、相手の姿勢を読み取っているのです。

 亭主の判断に興味があると知らせることが、亭主がどんな考えで茶会を準備したのかという趣向を引き出すことにつながっていきます。

 『山上宗二記』とは別の茶書ですが、「道具を専に茶の湯いたし候は甚だ宜しからざること」(道具を見せることを主眼にして茶の湯を行うことは大変望ましくないことだ)という法度も伝えられています。亭主になった場合の心得かとも思われますが、客の場合に当てはめてみましょう。亭主がどんな趣向で選んだのかなどには無関心で、その道具が有名なものかどうかにしか興味を示さない客であってはいけないということになるかと思います。

 それは、自社の都合だけで提案する取引先よりも、こちらの都合も考慮しようとしている取引先との商談の方に時間をかけたいと思う気持ちと同じです。

さまざまな角度から気配りを教えてくれる言葉「一座建立」

 「一座建立」とは、相手に配慮するからといって、相手の社会的立場によって接し方を変えず、相手自身に関心を持って、茶席に集まった人々全体のことを大切にしなさいという心得です。

 Web会議では、対面の場合と違って、相手の様子を動きから読みづらいものです。対面ならば、もじもじしている若手はどうも発言したいようだ、と気付けてもオンラインでは見逃しがちです。参加者に均等に話題を振るなどの配慮は対面時以上に求められているかもしれません。

 また、目上の人に遠慮して若手が発言を控えるような会議は機会損失につながります。創造的なアイデアのためには、参加者一人一人が対等の立場で意見を交わせる環境が望ましいでしょう。普段は会社での地位を尊重した振る舞いが求められても、会議の場ではあくまで対等に。それは戦国時代に、茶席においてだけは身分に関わらず交流ができたのと同じです。

 さまざまな角度から、茶席で求められる「人に気を配った振る舞い」を教えてくれる言葉「一座建立」。茶席に集う人々に対してだけでなく、会議や接待の場のほか、いろいろな場面にも応用の利く教えではないでしょうか。

 かの有名な心理学者のアルフレッド・アドラーは、幸福になる唯一の道として、自分だけでなく、仲間の利益を大切にすること、受け取るよりも多く、相手に与えることを掲げました。この考え方は、デール・カーネギーや現在の幸福心理学にもつながっています。

 しかしながら、そのような偉人をを持ち出さなくても、日本には元来「一座建立」という教えがあったのです。会議に臨む前には是非、「一座建立」を思い出してください。

田中仙堂

田中仙堂 1958年、東京生まれ。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得満期退学。大日本茶道学会会長、公益財団法人三徳庵理事長として茶道文化普及に努める傍ら芸術社会学者として茶道文化を研究、茶の湯文化学会理事。(本名 秀隆)。著書に『茶の湯名言集』(角川ソフィア文庫)、『お茶と権力』(文春新書)、『岡倉天心『茶の本』をよむ』(講談社学術文庫)、『千利休 「天下一」の茶人』(宮帯出版社)『お茶はあこがれ』(書肆フローラ)、『近代茶道の歴史社会学』(思文閣出版)他。

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