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予算達成に“ひとごと”な事業部門 経営陣と危機感を共有してもらうには?経営を動かすファイナンス(2/2 ページ)

» 2022年04月28日 16時30分 公開
[鷲巣大輔ITmedia]
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目的達成に向けたストーリーと、その効果測定のKPIを包括した「戦略マップ」

 少し昔の話になりますが、1992年にハーバード・ビジネススクールのロバート・S・キャプラン教授と、コンサルティング会社社長のデビッド・ノートン氏が提唱した「バランススコアカード」という概念があります。これは財務指標中心の業績管理手法の欠点を補う概念として広く世界中の企業に受け入れられました。

 達成すべきビジョンを第一義的に掲げ、それを達成したとすればそれはどんな財務指標(売上高、利益、キャッシュフロー、EVA/ROICなど)における目標数値になるか、そしての目標を達成するための行動が何かを考え、それを非財務領域含むKPIを設定して管理するというものです。

 もう30年ほど前の話ですから、賞味期限切れを起こしていても不思議ではありませんが、それでもバランススコアカードの概念は多くの企業において創意工夫によるアップグレードを経て、今でも強力な戦略ツールとして導入されています。

 このバランススコアカードの中核的概念となるのが「戦略マップ」であり、ビジョンや戦略目標を達成するための道筋を、「財務の視点」のみならず、非財務的視点、具体的には「顧客の視点」「内部プロセスの視点」「学習と成長の視点」から組み立てて可視化します。

photo 【図:戦略マップの事例】クリックで拡大できます。

 こちらに「戦略マップ」の例をご紹介します。左側のチャートは、企業が達成したいビジョン=戦略テーマとして掲げ、それを成し遂げた場合の数値的目標を財務的な指標で表します。最近使われるビジネス用語であれば、KGI(Key Goal Indicator)に該当するものといえます。そしてその経営目標をブレイクダウンし、いくつかの要素に分解をします。これが「財務の視点」で設定した目標値になります。

 これだけでは、戦略テーマに基づいた経営目標を達成するために何をすればいいかがよくわかりません。そこでその経営目標達成の為の道筋を「顧客の視点」「社内プロセスの視点」「成長と学習の視点」の3領域に分類し、それらの活動計画をどのように結び付けて、目標達成の為の仕組みを構築するかを可視化します。

 ここでの活動計画が具体的になれば、実行段階に移した各活動によって求められる成果を達成したかどうか、その成功基準と担当者を設定します。それらをまとめたものが右側のチャートとなります。一般的にビジネスの世界におけるKPIとはこれに該当しますが、戦略マップを構築することでKPIが意味する本質を明確に理解できます。

 担当者からすると、「なぜこのKPIを追いかけなくてはいけないのか」「そのKPIで測定すべき効果が組織全体の戦略遂行に与える意義」を理解することができる一方、経営側にとっても「KPIを追い求めるがあまりそもそもの活動の目的を見失ってしまう」というミスを防ぐことが可能になるわけです。

 予算策定の当事者であり、その経営目標に対してコミットしている経営チームおよび経営企画/FP&Aの人間からすれば、戦略達成のストーリーは「至極当たり前の話」と感じられるかもしれません。

 しかし、部門の担当者にとってみれば、そもそもの視座や視野が異なるため、自分の目の前の仕事を捉えることで精いっぱいというのはよくある話です。KPIの設定においても、経営チームが見る風景と、現場担当者がみる風景が違うという事を理解してコミュニケーションを取るべきです。戦略マップはそれらを可視化し、また現場に与えられたKPIの意味を伝えられます。

定性と定量を組み合わせることで「創造的な思考」ができる

 定性と定量を織り交ぜて戦略遂行を管理するやり方はバランススコアカードの戦略マップにとどまりません。コカ・コーラやP&Gといった企業が取り入れているOGSM(Objective、Goal、Strategy & Measurement)という業績管理フレームワークも参考になります。

 OGSMでは「目的(Objective)」と「目標(Goal)」、「戦略(Strategy)」と「測定指標(Measurement)」をそれぞれセットで考えます。具体的には、目的という定性的なメッセージを、定量化した目標という測定可能なものに「翻訳」して達成できたか否かの成功基準を明確にします。またその目的・目標を達成するための戦略をストーリーとして示し、同様にその戦略が効果的であったかどうかの成功基準を明確にするために測定可能な定量的KPIを設定する、というものです。この根幹にある考え方も「数字なき物語も、物語なき数字も意味がない」と同じでしょう。

 戦略マップにもOGSMにもいえることですが、定性と定量を織り交ぜるというフレームワークの利点は「思考を創造的にすること」にあると考えます。

 経営トップや一部のスタッフが考え抜いた戦略をひたすら実行せよ、実行の卓越性のみが現場に求められるという組織であれば(実際にそういうやり方が効果的な状況、業界、組織というものは確かに存在します)、達成基準のKPIをひたすら追いかけるというのも分かります。

 ただし、現場が環境や顧客の変化に柔軟な対応を取ることが競争優位性につながるのであれば、定性と定量をセットで考えることによって、大きな戦略の方向性を理解しながら、自ら考えて柔軟に動ける組織体の方が望ましいといえます。与えられたKPIの前提となる行動指針について広くオープンに議論し、必要に応じて変革をしていく──そんなことを可能にするツールが戦略マップでありOGSMなのだと思います。

 FP&Aは自らがモノを売るわけでもなく、作るわけでもない、一つのスタッフ機能にすぎません。そのスタッフ機能がすべき組織貢献というのは、正しい議論が生まれる環境を作り、組織行動が正しい方向に動いていく、その土台作りなのです。

著者プロフィール

鷲巣大輔

グロービス経営大学院准教授/株式会社FP&A研究所代表取締役

一橋大学商学部卒業。米系消費財メーカーに入社後、コーポレートファイナンスからキャリアをスタートする。以後一貫してFP&A(Financial Planning & Analysis)をベースとした経営戦略策定、事業部コントロールに従事。スタートアップ企業CFO、米系消費財企業のアジア・パシフィック地区のCFOを務めた後、PEファンド投資先企業のFP&A、経営企画を担当。2021年にFP&Aの力で組織を強くすることをミッションに株式会社FP&A研究所を創立し、代表取締役を務める。2007年からグロービス経営大学院にて、コーポレートファイナンスの講義を担当する。


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