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「161億円」のプレッシャー “ハードルの高い事業計画”でも、freee東後氏が諦めずにいられたワケ対談企画「CFOの意思」(2/2 ページ)

» 2022年12月13日 05時00分 公開
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東後: 一点にフォーカスしなかったのが良かったのではないかと考えています。

 例えば、14年に「人事労務」の前身である「給与計算」(正式名称「クラウド給与計算ソフト freee」)を立ち上げました。はじめのうち、あまり伸びなかったため、やめたほうがいいのではないかという議論が社内でありました。しかし、市場はあるし将来伸びるに違いないということで続けた結果、今ではコア事業になっています。税理士さん向けやミッドエンタープライズ向けの事業も展開していきました。

 SaaSの成長は、レイヤーの積み重ねで加速できると思うんです。もちろん、手を広げてしまうとリソースが足りなくなり、資金が足りなくなり、資金調達のためにバリュエーションを上げて、という繰り返しで、また自分にプレッシャーがかかってくるんですが(笑)。そのループは辛いのですが、それに耐えることで、成長を実現できたのではないかなと思います。

投資家とのコミュニケーション ステージごとの変化

嶺井: CFO時代ではどうでしょうか。

東後: 壁ではありませんが、将来のM&Aを見据えて資金を手元に持っておきたいと考え、21年3月に行った海外公募増資がハイライトとして挙げられるかなと思います。

嶺井: 公募増資の資金使途をM&Aに使うというのは、一般的に「できない」とされていますよね。どうやってOKをもらったのでしょうか。

東後: そこの常識がなかった私からすると、なぜダメなのかわからなかったんですよね。それで、「なぜ?」とあちこちに聞いたところ、投資家保護の観点はあるものの、明確なルールはなくて慣習によるものだったり、前例がないからだったりすることもありました。

 でも、当社に投資してくださっている投資家たちは、そんなことを気にしていないし、むしろ「やれば」と言ってくれる。

 ならば、「やりましょう」という意思決定がなされ、それから3カ月以内に実行できた。タイミングも、規模感も、これを逃したら全然違う結果になったのではないかなと思います。

 壁ということでいえば、上場直前のシリーズEでのラウンドが大変でした。この頃までに実施した資金調達は7回。8回目ともなると、株主の数が増えているので株主間契約を全株主と同時のタイミングで結ぶ必要がある。理解を得て、調整をして、クローズして……という作業を行うのは、本当に大変でした。いろんな方からのサポートのおかげで無事に行えました。

嶺井: どうやって乗り越えられたのでしょうか。

東後: 各ステークホルダーと、とても丁寧なコミュニケーションを取る、という地道な方法で解決していきました。中長期的に見て、プラスになるかどうかを既存株主と、新規株主から理解が得られるよう、何度も何度も丁寧にコミュニケーションを重ねて、なんとか合意に至りました。

嶺井: 上場からもうすぐ3年。当時イメージしていた3年後と今では、freeeの姿はどのように東後さんの目に映っているでしょうか。

東後: 当時の自分の期待値に比べると、まだまだ物足りないと感じますね。もちろん、当時は会計と人事労務のプロダクトしかなかったところ、今はそれ以外の新しいプロダクトもありますし、M&Aも繰り返し行っていて、想定以上のことも起きている。予想していた成長とは違うものが積み重なっている感じですね。

photo グロース・キャピタル嶺井政人CEO

嶺井: 資金調達について、投資家とのコミュニケーションで何を重視されていましたか。

東後: アーリーステージとレイターステージ、また上場時で異なりますね。

 アーリーステージでは、TAM(Total Addressable Market、獲得可能な市場の合計)がどれほどあり、自分たちがその中でどれくらい取っていきたいという野望を持っているか、それまでの道筋はどのようなものかについてお伝えすること。投資家の方々は事業の成長性とその確度を重視しているので、チャレンジングではあるが、実現可能な打ち手による信憑性の高い事業計画をお伝えしました。

 レイターステージでは、事業会社からの出資も増えてくるので、資本提携がお互いの事業成長にどのようにつながっていくのか、というところ、この調達を契機にビジネスをどう伸ばしていくかという観点から議論しました。アーリーステージ時代に比べると、ある程度実績と参考になる指標があるので、目標値うんぬんより、実現のために一緒に何をしていきたいかを重視してコミュニケーションを取りました。

嶺井: レイターステージになってくると、既に上場している類似企業と比較されることもあるかと思います。そのような中で、より自社を魅力的に感じてもらうために、どのようなコミュニケーションを取られたでしょうか。

東後: 毎年のように、新しい事業、プロダクト、セグメントに手を広げていたので、その可能性を信じてもらえるように気を配りました。その瞬間だけのARR(Annual Recurring Revenue。毎年決まって得られる収益)だけで評価されてしまうと過小評価のリスクが高まるため、その時点でいいトラクションが出始めている新しい取り組みや事業の可能性を、どう評価に織り込んでもらうか、というところを意識していました。

 上場時には、詳細を話せないという難しさが加わりました。そこで、エクイティストーリーを描き、TAMを改めて捉え直し、それが伝わるように工夫しました。具体的な数値目標は口にできませんでしたが、伝え方次第で理解してもらえるという経験が、感覚値として積み上がったのが良かったなと思います。

 ちょっと話がそれますが、それまで自分たちのビジネスでやってきたことをエクイティストーリーに仕上げるというのは、時間がかかる作業でしたが、とても実りのあるものになったと感じています。客観視することで、自分たちのすべきことがシャープになりましたし、何が足りないかを見つめ直すこともできた。IPOしなかったとしても、とても意味があることだったなと感じています。

 後編「『CxOの“x”の中身なんてどれでもいい』 COO→CFO→CPOを経たfreee東後氏がそう語る真意」では、ユニークなキャリアを持つ東後氏が考える「CxOの条件」に迫る。経営者としての役割変更とともに、どんな変化があったのか?

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