渋谷・新宿・池袋で起きる異変──なぜ「電鉄系百貨店」だけが消えるのか?小売・流通アナリストの視点(3/4 ページ)

» 2023年02月28日 05時00分 公開
[中井彰人ITmedia]

 確かに、再開発というタイミングで、投資対象として百貨店の近年の実績を踏まえれば、投資回収は難しいという判断にならざるを得まい。その意味では、少し前に再開発の対象となったJフロントリテイリング(呉服系)の松坂屋銀座店は、GINZA SIXという複合商業施設として再構築されており、電鉄系に限った話ではないことも分かる。

 また、民鉄グループが目指すべきは、沿線価値向上であるため、グループ商業施設は、沿線住民のニーズを広く満たすことが重要である。そうなると、これからの投資対象は、富裕層に特化した百貨店であってはならないだろう。いずれにしても、百貨店に再投資するという目はなかったのである。

 過去を振り返るついでに、こんなデータについても紹介しておきたい。地価の長期時系列推移を示したものだが、ここには日本の富裕層のある側面が見えてくるはずだ。表は、昭和50年(1975年)以降の公示地価の推移から、東京区部、三大都市圏を除いた地方、横浜市港北区(東急東横線沿線)、川崎市高津区(東急田園都市線沿線)、埼玉県所沢市(西武線沿線)のデータを抽出してみた。

昭和50年以降の公示地価の推移(東京23区、横浜市港北区、川崎市高津区、埼玉県所沢市、その他地方圏)(国土交通省Webサイト 地価・不動産鑑定、地価公示、平均価格の時系列推移表から筆者作成)

 この表から分かることとは、以下の4つだ。

  • 1:バブル期に地価は高騰し、バブル崩壊で大きく下げたが、昔からの地主層にとっては今でも何倍もの資産価値が残った。
  • 2:三大都市圏以外の地方では、土地の資産価値は増えなかった。
  • 3:民鉄沿線の地価はかなり上昇したが、バブル崩壊以降は大きな伸びはない。
  • 4:東京区部はバブルの乱高下は大きいものの、トータルでの資産価値上昇は群を抜いている。

 このことが、呉服系、電鉄系の運命にも影響しているのだが、以下に説明しよう。

電鉄系と呉服系 同じ百貨店でも顧客層が違うワケ

 民鉄は沿線に住宅開発して沿線人口を増やすことによって、その沿線価値向上を図ってきたのだが、この恩恵を受けたのは民鉄ばかりではない。

 住宅を開発するということは、沿線地区の土地所有者の資産価値を大きく拡大させるとともに、住宅地買収代金を支払うことで、沿線地主を新たな富裕層へと変えた。地方の地価推移を見れば分かるが、東京区部以外の地域は沿線開発がなければ、こうした資産価値上昇はなかったのであり、民鉄は人口を増やすだけではなく、電鉄系百貨店の主要顧客である沿線富裕層を開発によって作り出したとも言える。地主層は土地売却代金を得るとともに、残存した資産価値を活用して賃貸収入などの不労所得の継続確保が可能になったのだ。

 2000年代以降、百貨店は富裕層への傾倒を強めている。ざっくり言えば、電鉄系は新たに生まれた沿線地主、呉服系は東京区部の古くからの富裕層、地主層が支えてきたといってもいいかもしれない。

 バブル崩壊以降しばらく低迷した東京区部の土地資産価値は、再び上昇に転じているが、見ての通り、民鉄沿線地域では大きな上昇にはつながっていない。沿線開発が一段落した郊外では資産価値の大きな変動はないのに対して、東京区部を中心とした呉服系百貨店の顧客層はその資産を顕著に拡大しつつあり、その恩恵を受ける可能性が高いのが、呉服系百貨店ということになるだろう。

 今期、三越伊勢丹新宿本店は過去最高売り上げを更新する見通しだと報道されているが、けん引しているのはその外商顧客であるという。古くから幅広い富裕層に支持されてきた呉服系百貨店と新興富裕層に支えられた電鉄系ではその層の厚さで差が出た、というのが筆者の私見である。

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