マスク氏から「世界1位の大富豪」の座を奪った、アルノー氏とは何者なのか?世界を読み解くニュース・サロン(2/3 ページ)

» 2023年04月20日 08時00分 公開
[山田敏弘ITmedia]

売上至上主義を疑問視? 世界一の富豪の持論

 そんなアルノー氏が2001年に米ハーバード・ビジネスレビュー誌のインタビューに応じている。筆者は以前、米国のビジネスパーソンの友人からこのインタビューを読むようにすすめられ、面白くて一気読みしたことがある。

 アルノー氏については以前から興味があった。知人がLVMHの日本法人で働いていたため、同社が抱えるブランドについて時々話を聞く機会があったのも影響している。

 アルノー氏が率いていたルイ・ヴィトンなどは、生産拠点のグローバル化が進む潮流の中でその反対に進むようなビジネスをしている珍しい企業だと思っていた。世界の企業が安価な労働力を求めて中国に「工場」を造って商売をしているときに、アルノー氏の企業はフランスやイタリアで商品を製造し、中国で高級品を発売し成功していたからだ。1992年に改革開放路線だったケ小平が率いる中国でいち早く第一号店をオープンしている。

生産拠点という認識が強まっていた中国でルイ・ヴィトンの店舗をいち早くオープンした ※画像は香港店舗(画像:ゲッティイメージズより)

 アルノー氏に関するいろいろな記事を読むと、同氏は顧客や市場が求めていることよりも自社のデザイナーたちを信じるという考え方を持っており、売上至上主義の流れにも反しているように見える。

 ハーバード・ビジネスレビュー誌は、先述のインタビューについてこう記している。「技術者や物書き、デザイナーたちのような創造的な仕事をする人を監督する多くの経営者らとは違い、アルノー氏は監督することに制限を設けるべきではないと考えている。アルノー氏は、アーティストが最高の仕事をするためには金銭的や商業的な懸念から完全に解き放たれているべきだと考えている」

 このような話になると「そんなことが許されるのは体力のある企業だけでしょ」という意見もあるだろうが、デザイナーなど制作チームを大事にしてきたからこそLVMHは世界的な大企業に成長し、アルノー氏は世界一の富豪になったとも取れる。

 同インタビューの内容をさらに掘り下げてみたい。

 アルノー氏は、商品発売前の市場テストについても言及している。「市場でテストしてみて明確に失敗したときは発売を取り止めることもあるが、市場テストを受けて製品を変更することはしない。クリエイティブチームが製品に自信を持っているときは、チームの直感を信頼する必要があるからだ」

 もちろん企業によっては、データを元に市場が求めるものを作っていくマーケットインの考えを採用しているところも少なくないだろう。コスト面を考えると、賢明な判断かもしれない。ただそれはLVMHのような企業の哲学とは異なるようだ。アルノー氏は「テストはすべきだが、商品がうまく市場に受け入れられるかどうかの予測は決してできないだろう」と述べている。

 ただアルノー氏の言う「信頼」によって、製品開発側が伸び伸びと仕事ができるのは間違いないだろう。また、イノベーションはLVMHのような企業に利益や成長をもたらす究極の原動力となっているものであり、マーケティング主導になるとイノベーションは生まれないと、アルノー氏はいう。

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