さらにマーケティングについてはこんな持論を展開している。
「(市場テストなどで知り得た)人々が期待をするものを提供するようでは、プレミアム価格を請求することはできないし、決して人々が行列をなして買いにくるような大ブレーク商品は生まれない。われわれはそういう商品を持っているが、それはアーティストに自由を与えているからだ」
では、彼のいうアーティストとはどういう人たちなのか。彼いわく、毎日10時間の練習を重ねても、20世紀最高のピアニストと呼ばれるウラジミール・ホロヴィッツのようにはなれない。練習だけでは無理で、やはり別の「何か」が必要だという。
「超人気になる可能性を秘めたブランドは多いが、そうしたブランドを扱う会社は残念なことに管理・監督がひどい。管理がしっかりしていても、決して世界中で成功するような超人気になれないブランドもある。理由は、その『何か』を持っていないからだ――ただその『魔法』が何なのかは説明ができない。悲観論者だとは思ってほしくないが、超人気ブランドに成長するブランドもある。監督する側は焦ってはいけない。時間がかかるからだ。だが一度、超人気になる要素が並べば、人気は長く続く」
さらにアルノー氏は、創造性についても言及している。そもそも、彼は自分が成功できた理由は情熱があったからで、それは創造性に対する情熱だという。
先に述べた通り、アーティストは金銭的や商業的な懸念から解放されるべきだと述べているが、彼らのクリエイティブなプロセスに口出ししないということではないらしい。
アルノー氏は以前、自社のデザイナーに「日本に行って、夜の街で10代の少女たちが身につけているものを見てきたらどうか?」と提案したことがあるという。というのも、彼の目には「日本の少女たちはファッションの最先端を行っていて、厚底の靴などのようにメイストリームになる前にトレンドを作り出している」と映っている。だからこそ「見てきたほうがいい」と言ったそうだが、決して、「靴を見てきて真似をしろ」とは言わなかったという。要は、本人が考えるヒントになるようなアドバイスをできるのが優れた経営者ということだ。
最後に、アルノー氏が以前語っていた経営者やビジネスパーソンに「必要な要素」を紹介して締めようと思う。「ビジネスでは我慢することを学ばないといけない。私自身はあまり我慢強くないかもしれない。しかし、これまでで特に学んだことは、待つことができれば人気ブランドの称号を得られるチャンスが巡ってくるということだ」
山田敏弘
ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。
国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『死体格差 異状死17万人の衝撃』(新潮社)、『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)がある。
Twitter: @yamadajour、公式YouTube「SPYチャンネル」
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