「東急の自動運転バス」実証実験2回目、真の目的と課題が見えた杉山淳一の「週刊鉄道経済」(2/6 ページ)

» 2023年04月21日 10時13分 公開
[杉山淳一ITmedia]

 前回同様、今回のルートを地元在住者の視点で紹介する。一般客を乗せる実験として、とてもよく考えられている。

 循環ルートの起点は「東急バス虹が丘営業所」。ここは路線バスの車両基地であり、今回の実験に使った遠隔監視システムもここにある。乗降地点を設置した理由はバスの運行の都合だけではない。東南に総戸数1578戸のUR虹ヶ丘団地があり、西南に宅地分譲された区画が広がっている。つまりここは需要の中心地だ。

 2番目の「nexusチャレンジパーク早野」は、ありていにいえば多目的広場だ。普段はフリーマーケットやアウトドア系のイベントを開催しているようだ。「ようだ」となってしまうのは、開設されて以来、私がバスで通りがかるときは何かをやっている様子がないから。自動運転バスの運行日は青空図書館やキッチンカーによるレストランのイベントが行われた。この周辺地域限定のコミュニティー空間で、いわば団地のオシャレな集会所である。それが団地を巡る自動運転バスの主旨には合致している。

 3番目の「すすき野とうきゅう」は一般利用者にとって本命の目的地だ。1階にスーパーマーケットとドラッグストア、100円ショップ、靴の修繕屋、とんかつ屋。スーパーマーケット内に贈答品コーナーやベーカリーがある。2階は書店、生活雑貨店、手芸店、クリーニング、歯科、美容室、洋服直し店などがある。要するに、日常生活のたいていの用事はここで済む。私の行きつけの書店もここ。

 4番目の「ミニストップ虹ヶ丘店」の周辺は小さな商店街がある。思いつくままに挙げると、古くからある八百屋、クリーニング、電器店、ケーキ屋、蕎麦屋、ミニ四駆専門店などがある。ミニストップは虹ヶ丘団地の区画にあるけれど、東、東南、西南はすすき野団地が建ち並ぶ。総戸数1144戸の大規模住宅だ。横浜市営地下鉄のあざみ野〜新百合ヶ丘延伸では、この付近に駅ができる。

 5番目の「虹が丘二丁目バス停」は虹ヶ丘団地の東北端にある。北側は王禅寺の森で、この中に東京都市大学の原子力研究所がある。1960年(昭和35年)に武蔵工業大学原子力研究所として発足した施設だ。その北側には日立製作所の原子力研究所がある。こちらは61年から稼働している。どちらも現在は原子炉の稼働を終了し、現在は廃炉に関する研究などを行っている。

 団地の隣接地に原子力研究機関とは意外だ。東急は多摩田園都市開発に53年(昭和28年)に着手しており、当時「元石川町」という地名だった団地エリアは55年(昭和30年)に買収計画が決定していた。しかし実際に民家が建つのはずっとあと。原子力研究所は人里離れた場所に建てられ、あとから住宅開発が始まった。原子炉の規模は原子力発電所の3万分の1とのこと。

 住宅地開発前から住んでいた人々は、茨城県東海村の原子力研究所なども見学して安全性に納得したという。研究所は広報誌を発行したり、見学会を実施したりして地域に情報公開している。

実証実験ルート詳細(地理院地図を筆者が加工)

 自動運転バスの実証実験コースは約2キロメートルの周回コースで、バスは反時計回りに運行した。俯瞰(ふかん)すれば、「団地の人々が商業施設やコミュニティースペースへ往復する」用途を想定している。とてもニッチな需要で、路線バスとの接点は周回コースの北辺だけ。鉄道駅〜路線バスの接続はほとんど考慮されていない。この地域内の生活交通手段という見立てだ。

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