「伝えるべきことをひとことでいうと、なんですか?」
文章をみてほしいといわれて原稿などを受けとったとき、ぼくはかならず書いた人にこう訊ねることにしています。
文章を書くからには、なにかしら「伝えるべきこと」があるはず。それを「ひとこと」でいうとなんなのか、と。
この問いかけに対する反応は、人によってさまざまです。
昔のことを思い出すように空の一点を見つめながら“あらすじ”を手短に話そうとする人もいれば、そこで紹介しようとしているものの特徴を抜粋して語る人もいます。
社会問題について書こうとしている人が、実現されるべき正義について熱っぽく指摘することもあれば、「こういうことを書けといわれたので」と書く前に誰かから与えられたテーマを復唱する人もいる。
ほとんどの人が、ぼくの問いかけに対して、なにかしらの説明をしてくれます。
ただ、「伝えるべきこと」をきちんと「ひとこと」で答えられる人はそう多くはいません。
なぜ、答えられないのか──ぼくはここにこそ「伝える」という営みを考えるうえで、もっとも大事なカギがあると考えています。
伝わる文章(人に納得してもらったり、共感されたりするような文章)にならない最大の原因は、じつは「伝えるべきことをひとことでいえない」ことにあるのです。
文章というと、構成や言葉づかいに工夫を施す「書き方のうまさ」で伝わるかどうかが決まるかのように思われがちです。言葉づかいが巧みでないから、構成に工夫がないから、自分の文章は説得力がないんだ、伝わらないんだと思いこんでいる人は少なくありません。
実際、文章をみてほしいといってこられる人の多くが「自分は書くのが下手なので……」という意味のことを口にします。
でも、まず重視しなくてはいけないのは、本当はそこではありません。
誤解のないようにつけ加えますが、もちろん「書き方のうまさ」は文章にとってすごく大切な要素のひとつです。
美しい表現は確かに読む人を惹きつけるし、構成に工夫があると、話がすっと頭に入ってきやすくもなります。文章を読むという体験のクオリティを高める意味では、「書き方のうまさ」がとても重要な役割を果たすのはまちがいありません。
ただ、「伝える」ことにとって、「うまさ」がもっとも重要な課題かというと、そうとはいえないのです。
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