昨今、コスト高を背景に大幅な値上げを迫られるケースは少なくありませんが、先述の通り、価格があまりに急に上がれば顧客が離れるリスクが付きまといます。コミュニケーションでの工夫の仕方以外に考えられる対策をご紹介しましょう。
まずは、小刻みに値上げを重ねて最終的に理想の価格まで引き上げるという、長期戦に持ち込む手法です。
マクドナルドではこの手法で商品価格の値上げを達成しています。同社は22年3月から同年9月、23年1月、7月とハイペースで値上げを繰り返し、その間にビッグマックは390円→410円→450円→500円(都心店)と1年半足らずで30%近く値上がりしているのです。
直近の値上げは都心型店舗にフォーカスした値上げでしたが、3月からの3回の値上げは全店舗を対象に、商品価格を小刻みに上昇させるというものでした。数十円という単位の値上げを繰り返すとなると、一見、コストの上昇に合わせた場当たり的な対応にも映ります。しかし当社が行った独自調査によれば、そこには違う意図が見え隠れしていました。
値上げした商品に対する顧客の支払い意欲を調べたところ、コスト増による一律値上げではなく、商品ごとに顧客が購入を検討しなくなる価格のラインを見極め、それを超えないように緻密に値上げされていることが分かったのです。
こうすることで、顧客が許容できる限度内で内的参照価格を上昇させることができます。そうして価格に慣れたころにまたちょっと値上げ、また値上げと繰り返しながら、大きな顧客離れを起こすことなくじりじりと値上げを成功させ、最終的に目標値を達成したのです。
もちろん、単純に少しずつ値上げすればいいという単純な話ではありません。マクドナルドの場合には、お得感が売りのセット価格は値上げ幅を小さくしたり、クーポンを配布して顧客にとってのメリットを演出したりと、さまざまな戦略を同時に展開していました。付け加えると、この絶えず手に入るクーポンは「定価」のイメージをよりあいまいにするのにも効果的です。価格が頻繁に変動することで、顧客の内的参照価格はより印象づけられにくくなると考えられるからです。
こうした巧みな価格戦略で顧客の反発を上手くかわすことができれば、時間はかかっても値上げを優位に進められます。
別の方法として、付加価値を付けた別の高単価商品としてリブランディングするという手法も考えられます。
例えば、日清食品では22年3月から「日清の最強どん兵衛」シリーズを販売しています。従来品のどん兵衛から原材料や内容をグレードアップし「和風カップ麺の最高峰」として新たに売り出したのです。
従来品の価格が236円(税別)に対し、最強のどん兵衛は280円(税別)と50円近い価格差を付けていますが、顧客にとっては麺の太さや分厚いおあげという明確な提供価値が見えるだけに納得感が得られるわけです。
もちろん、新たな商品を開発するには相応のコストがかかります。しかし安易に商品を値上げをして顧客離れを起こしてしまうより、顧客が何を求めているのかという視点で消費行動を分析し、顧客ニーズに合った受け入れやすい方法で単価を上げるというのも、一つの有効な手段だといえます。
これからもまだしばらくは原価高、コスト高は続く傾向です。やむを得ず価格の大幅な値上げが求められるケースもあるかもしれません。「原材料高騰のため」という企業都合の言い分でなく、いかに顧客視点に立ってコミュニケーションやプライシング戦略を検討できるかが、値上げ成功のカギになるでしょう。
高橋嘉尋(たかはしよしひろ)
プライシングスタジオ代表取締役社長。
これまでリクルートをはじめとする大手企業から、「money forward」など中小企業まで数十サービスの価格決定を支援。
また、公的機関、学会、雑誌などへのプライシングに関する論文提出や講演会、寄稿などを通じ、プライシングに対するノウハウを積極的に発信。
プライシング専門メディア【プライスハック】監修。
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