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「業務ミス」で教員に95万円請求──個人への賠償請求は合法なのか?民間企業のケースも解説(2/6 ページ)

» 2023年10月05日 07時00分 公開
[新田龍ITmedia]

「損害賠償責任」の法的根拠は

 公立校の教員のような公務員の場合、職務遂行にあたって他者に損害を与えたとしても、単なる過失レベルであれば個人としての責任は負わず、国や自治体などが賠償責任を負うと「国家賠償法」によって定められている。すなわち公務員は国によって守られており、公務執行上のミスでいちいち賠償責任を問われて萎縮することがないように配慮されてきたわけだ。

 そんな公務員であっても、個人に対して損害賠償請求されるケースは存在する。ただしそれは「故意や重大な過失があった場合」のみ。その際も「国や自治体から公務員個人に対して賠償請求する権利がある」と規定されているものの、損害の全額までは負担しなくてよい、と考えられてきた。

国家賠償法第1条

国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は 過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。

前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があったときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。

 しかし、だんだんと世間からの公務員に対する風当たりが強くなり、税金のムダ遣いに対して市民からの監査請求や訴訟が起こされるように。これにより、行政は公務員の重過失に対して国家賠償法ではなく、民法を適用して損害賠償請求をするようになってきた、という経緯がある。これまでの事例や判例を見る限り「損害額のおおむね半額程度」を請求することが一定の相場となっているようだ。

 ちなみにその民法では、損害賠償請求について次のように規定されている。

民法709条(不法行為による損害賠償請求)

故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

 民法の規定する「故意」とは「自分の行動によって他人に損害を与えると知りながらその行動をとること」であり、「過失(軽過失)」とは「損害が発生すると予想し、それを回避することができたのに不注意によって予想しなかったまたは、回避しなかったこと」である。いずれにせよ「単なる不注意」(軽過失)ではなく、何らかの「重大な落ち度」(重過失)によって相手に損害を与えてしまった場合には、損害賠償を請求される可能性があるということになる。

 同じようなプールの注水ミスでも、教員や関係者個人が損害賠償を支払ったケースもあれば、支払わなくて済んだケースもあるのは、この「故意」と「過失」にどれほど該当したか──特に、過失の有無や程度がポイントになるわけだ。その観点からそれぞれのケースを見直してみよう。

どの程度の「過失」なのか

プール注水のミスは、どの程度の「過失」だったのか(画像はイメージ、提供:ゲッティイメージズ)

 賠償請求に至った冒頭の川崎市のケースは「教員がプールのスイッチを操作して注水を開始した際、ろ過装置の誤作動を知らせる警報音が鳴った。教員は警報音を止めるためブレーカーを落とし、注水スイッチも切ったつもりだったが、ブレーカーが落ちていたため機能せず、注水が続いてしまった」という経緯であった。

 市教委は「ブレーカーを独断で落としたのは教員の重過失」かつ「プール注水の手順書整備が不十分だったのは校長の過失」と判断し、水道料金の半額請求に至ったようだ。

 同様に小金井市のケースでは、事案が起きる数年前から同様のミスが都内で複数回発生しており「都教委がマニュアルを作成して都立高に注意喚起を繰り返していたタイミングで発生した」という背景事情に加え、「担当教員が、給水バルブや各種スイッチの状況点検、給水口から水が出ていないことを目視確認といった、マニュアルで定められた点検確認事項を実施していなかった」こと、さらには職員が「水道メーターが前回検針時よりも大きな異常値となっていたことに気付かず、その原因特定もせず、報告もしなかった」ことなどが重過失と判断されて半額請求に至っている。

 一方で宮城県のケースでは「水が下水管に流れ出ており、見た目では流出が確認できない状態だった」ことに加え「市が学校側に注水後のメーター確認の徹底を十分指示していなかった」点などを踏まえ、市教委側は教員個人に賠償請求しないとの判断を下している。

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