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「業務ミス」で教員に95万円請求──個人への賠償請求は合法なのか?民間企業のケースも解説(4/6 ページ)

» 2023年10月05日 07時00分 公開
[新田龍ITmedia]

ペナルティとしての「罰金」制度は有効なのか

 労働者の過失で会社に損害が及んでも、会社は労働者に損害額全額を賠償請求することが難しい。となると、「あらかじめ労働契約を結ぶ際に、トラブルがあったときの損害賠償金や、契約違反をした際の違約金支払いを定めておけばいいのでは?」と考える方がいるかもしれない。しかし、それは違法なのだ。労働基準法ではこのように定められている。

労働基準法第16条(賠償予定の禁止)

使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額の予定をする契約をしてはならない。

 「賠償予定」とは聞き慣れない言葉かもしれない。例えば「入社後半年未満で退職することとなった場合は、違約金として100万円を支払うこと」「会社に損害を与えた場合は、損害額に関係なく50万円を弁償金として支払うこと」いったように、過失の内容に関係なく、「一定金額の賠償金支払いをあらかじめ規定しておくこと」を意味する。

 その「禁止」であるから、すなわち企業は、労働者との間で「罰金」を支払わせることを前提とした契約を結んではいけない、という決まりなのだ。この条項の本来の目的は、違約金の存在が労働者を拘束することとなり、退職の自由が奪われる事態を回避することにある。会社は、違約金によって労使関係を強要してはいけないというわけだ。

【注】ただしこちらにも例外的な規程は存在する。それは、会社で研修費用や留学費用を負担したものの、研修受講後や留学からの帰国後、すぐに従業員が退職してしまった場合の扱いだ。その際は、労働者が労働契約とは別に研修費用の返還債務を負っていて、研修・留学後一定期間勤務すればこの債務を免除されるが、「特別な理由なく早期に退職する場合には研修・留学費用を返還しなければならない」という契約をあらかじめ交わしていれば、「賠償予定」には該当しないと判断されている)。

 しかし、これまで述べてきた損害賠償や違約金といったものよりも、この「罰金」制度のほうは目にする機会が多く、よくあるものとしてあまり問題視されていない方も多いのではなかろうか。しかし、このよくある罰金制度こそ違法リスクが高いもので、少なくとも筆者がこれまで相談を受けたケースにおいて、「適法に運用されている罰金制度」を持つ企業は見事に「ゼロ」であった。

 実際、これまでメディアで報道された罰金の例として次のようなものが挙げられるが、果たしてこれらは合法なのだろうか。

  • 業務上のミス1回につき罰金500円徴収(滋賀県の温泉旅館)
  • 遅刻1回あたり1000円の罰金を給与天引き(東京都の不動産会社)
  • 風邪で2日間欠勤した際、代わりに出勤するアルバイトを探さなかったため、罰金として月給から9350円マイナス(愛知県のコンビニエンスストア)
  • 自動車保険の販売目標額を達成できなかった店長から罰金10万円徴収(全国チェーンの大手中古車販売店)

 もしかしたら、読者諸氏の身近にも似たような罰金制度を設けている会社や店舗があるかもしれないが、これらはいずれも違法なので重々ご留意いただきたい。

例示した罰金は全て違法(画像はイメージ、提供:ゲッティイメージズ)

 では、これら罰金制度の何が問題なのか。そしてどうすれば合法に運用できるのかについて解説していこう。

 まずそもそもの大前提として、従業員のミスや遅刻、欠勤、ノルマ未達成などに対して罰金などのペナルティを科すことは、原則として認められない。先述のとおり労働基準法16条によって、違約金や損害賠償額を予定する契約は禁止されているためだ。

 また、商品を誤って破損させてしまったり、閉店時にレジの金額が合わなかったりした際の弁償金や補填金を「給与天引き」で徴収しているケースがしばしばあるが、これも違法である。労働基準法で定められた「賃金全額払いの原則」に違反しているためだ。

労働基準法第24条(賃金の支払)

賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。

 「じゃあ、社員がミスを繰り返し、注意してもなかなか治らないといった場合でも罰金は絶対ダメなのか?」と考える方がいるかもしれない。

 どうしても金銭的なペナルティを与えたい場合は、厳密には「罰金」とはいえないものの「減給処分」を下すことはできる。もし合法的に罰金制度を設けている会社や店があるとすれば、この「懲戒処分としての減給」を適法に運用しているところ、と言い換えられよう。

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