家具小売大手のイケア・ジャパンが、2006年の開業以来、従業員の「制服への着替え時間」の賃金を支払っていなかったことが判明した。
同社は事実関係を認め、本年9月からは出勤時と退勤時にそれぞれ一律5分、1日あたり10分を労働時間に含めることとし、当該分の賃金を新たに支払うと表明した。これにより週5日・月20日勤務の従業員の場合、年間で約4万円程度の給与アップになると試算されている。
イケア・ジャパンは本件について「着替え時間に関しては、関連法令に明文の規定もなく、判例上の基準も曖昧な部分があることから、実務上見解の分かれる点について不明確性をなくし、従業員有利の方向で明確な取扱いを設定するものとしました」とコメントしている。
同社のコメントにもある通り「着替え時間が労働時間にあたるか否か」については、実は労働基準法に明確な定義が存在していないのだ。
1回の着替え時間自体はせいぜい5分程度かもしれないが、毎日必ず2回発生するわけで、積もり積もって月間、年間で考えれば相応の時間となる。果たしてこれが労働時間にあたるのか、そして賃金が発生するのかどうかは労使双方にとって重要な問題だ。
経営者の立場からすると「始業時間には仕事がスタートできる状態にしておくこと! それまでに掃除と着替えをしておくのは常識だ」といった考えが主流であろうし、実際着替え後にタイムカードを打刻させている会社も多いことだろう。
一方で、従業員の立場では「マニュアルで『制服を着ること』と決まってるんだから、打刻してから着替えるのが当然! 着替えも仕事の一環である以上、その分の給料も払ってもらわないと」といった考えに当然至るはずだ。
この問題について一つの判断基準を示す判例が「三菱重工業長崎造船所事件」(2000年3月)だ。同社が作業員に対して義務付けていた「始業時には作業服や防護具などの着用を済ませて所定場所にいること」との基準に対して「更衣室での着替え」「更衣室から作業場までの移動」「作業準備」などに要する時間は労働時間に該当するものとして、割増賃金支払いを訴えた。
結論としては「着替え時間は労働時間に含まれる」との判決が出ており、その判例が現在でも基準となっている。ただし、着替えや作業準備が全て労働時間として賃金支払い対象となるかといえばそうとは限らず、具体的には次のような前提条件があって成り立つものとされている。
すなわち、会社側から着替えが「義務付けられている」か「余儀なくされている」場合は、「会社の指揮命令下にある」と判断され、労働時間として扱われることになる。
逆に言えば、自宅から制服を着用した状態で通勤してもよかったり、制服といっても私服の上にジャケットを羽織る程度の簡易なものだったりすれば、その着替えは労働時間として認められない。
また、制服がない会社で、私服で自転車通勤してきた社員が出社後にスーツに着替えるなど、あくまで従業員個人の都合や意思で着替えをしている場合も、その着替え時間は労働時間にならない。
ちなみにイケア・ジャパンの場合は、シャツ・パンツ・靴について会社指定のものを着用する必要があったため、着替え時間については「会社の指揮命令下にある=労働時間=賃金支払い」との判断となったようだ。
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