人的資本の情報開示においては、決められた指標のほかに、補足の指標や説明を加えることが推奨されている。
例えば、正社員全体の男女賃金格差だけでなく、役職や等級、勤続年数ごとの男女の人数比や賃金格差が開示されていれば、その企業の実態がもっと見えてくる。
例として精密加工装置メーカーのディスコの有価証券報告書を見てみよう。同社は男女賃金格差について「全従業員:58.4%」「正規雇用従業員:62.9%」「パート・有期雇用者:67.1%」というデータに加え、職群と等級別の男女賃金格差や平均金額も公開している。
これを見ると、同じ職群の同じ等級で男女の賃金格差は小さく、女性の方が平均賃金が高いケースもあることが分かる。また、総合職と技能職で女性の絶対数が少なく、特に総合職において等級の高い女性が増えれば、正社員全体の賃金格差が縮まることが予想できる。
もうひとつの例としてマネーフォワードの統合報告書も見てみよう。
統合報告書とは、自社の理念や強み、サステナビリティへの取り組みなど数値で表しにくい非財務情報も盛り込み、今後の事業展開、そのための戦略などをまとめて提示する資料だ。公開の義務はないが、長期的なビジョンや事業の社会的価値を積極的にPRするために作成する会社が増えている。
マネーフォワードは統合報告書で、価値を生み出す源泉の1つが「人的資本」であるという認識を明確に示している。
また、同社のミッションとビジョンを実現するための3つの重要テーマの1つに「Talent Forward(社員の可能性をもっと前へ。)」を掲げ、そのために取り組んでいることやその成果を、独自の指標とともに具体的に紹介している。
11月決算の同社は、まだ有価証券報告書における男女賃金格差の開示義務の対象ではなく、統合報告書にもそのデータは掲載されていない。次の決算期以降は義務化の対象となるので、少なくとも有価証券報告書には掲載するだろう。しかし、同社は男女賃金格差を重要な指標とは見なしていないと思われる。
というのも、厚労省の「女性活躍推進企業データベース」で公開している情報によると、「全労働者:80.1%」「正規雇用労働者:80.2%」「非正規雇用労働者:97.3%」と格差は小さい。同社の人材戦略上、賃金格差の解消よりも重要な目標がある。それを独自の人材戦略として打ち立て、必要な手を打っているのだということが、統合報告書の内容からよく伝わってくる。
「人的資本情報開示」で求められているのは、ただ決められた通りにデータを開示することではない。目指すゴールに向かうための人材戦略と、それが実行できているかどうかを測るための指標を自社なりに考え、見える化することなのだ。
その戦略に説得力があり、実現に向けての努力がうまく可視化できれば、応援してくれる投資家や力になってくれる人材が集まるだろう。企業のIR担当者や人事担当者は、開示義務を「面倒な仕事が増えた」と捉えずに、自社の戦略を見直し世間にPRするチャンスと捉えてみてはいかがだろうか。就・転職を考える個人や取引を考える企業も、各社の情報公開の姿勢と中身に注目してみると、将来が期待できる企業かどうかを考えるヒントになるだろう。
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