危機をチャンスに変える ホテルニューアワジの発想力(3/6 ページ)

» 2023年12月04日 09時28分 公開
[産経新聞]
産経新聞

「何でも屋」の本領発揮

 「淡路島の観光は阪神淡路大震災の被害から必ず盛り返す」

 淡路島と本州をつなぐ明石海峡大橋が10年4月に開通することをにらみ、日本開発銀行(現日本政策投資銀行)に融資を交渉。得た資金で同年2月に「ホテルプラザ淡路島」(同県南あわじ市)の土地、建物を取得し、橋の開通に合わせて5月、「ホテルニューアワジプラザ淡路島」を開業させた。

 すると12年開催の淡路花博の追い風もあって狙い通りに好業績が続く。「危機をチャンスに変えることができた」瞬間だった。

従業員に声をかける木下紘一さん(左)=兵庫県洲本市(甘利慈撮影)

 その後も16年に「四州園」(現淡路夢泉景)、19年に「淡路島国際ホテル・アレックス」(現夢海游淡路島)、23年にはグループ初の外資系ホテル「神戸ベイシェラトンホテル&タワーズ」(神戸市)など、数年に1軒のペースで買収。淡路島を中心に京都、神戸、岡山、香川、滋賀に計17施設を展開し、拠点を着実に広げてきた。

 だが「数を増やしたいと考えたことはない。自然にそうなった」と拡大志向を否定する。同業他社から持ち込まれた売却案件を引き受けてきたのは、閉館したまま放置された宿を他の観光地でも見てきたからだ。

 「廃虚となったホテルが野ざらしになっては、地域が寂れた空気に包まれてしまう。淡路島全体のことを思えばこそ、同業他社もわが社に今後を託してくれたのではと思う」

 銀行との交渉がうまく運んだことが突破口となったが、それも職種を問わず「なんでも仕事をこなしてきたことが良い結果を生んだ」と分析する。日ごろから銀行の担当者と会い、信用を築いていたからだ。

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