運転手の不足に対して、最大の解決策は「運転手を増員する」こと。しかし、肝心の運転手採用がなかなか進まない。
22年9月の時点で、バス運転手の求人倍率は「2.06(2022年9月時点。全産業の平均は1・20)。20人募集しても10人も集まらず、求人説明会の参加者すらゼロといった事態も珍しくないという。
昭和末期・平成初期頃までは、バス運転手は大型免許があれば手堅く稼げて、かつ地元に腰を落ち着けて働ける人気職種だった。しかし今や、給料は安く、仕事はキツく、昇給も見込めない職種になってしまっている。
なぜこのような変化が生じてしまったのだろうか。その原因を探るとともに、バス会社・バス業界が繰り広げる「人材確保・あの手この手」を見てみよう。
バス運転手の平均年収は404万円と、全産業平均の489万円より2割も安い(厚生労働省「統計から見るバス運転手の仕事」より)。バス運転手が不足する最大にして根本的な原因は、「ハンドルを握って人を運んでいるにもかかわらず、全体的に稼げない」ことだろう。
路線バス運転手の場合はさらに「中休シフト」「実ハンドル時間制」「極端な高齢化による先行き不安」という3つの要素が、職種としての不人気につながっている。
通勤・通学を担う路線バスの需要は、その多くが朝と晩に集中する。需要のピークに対応するために、「朝働いて、真ん中(昼)長めに休んで、夜働く」シフトが組まれるのだ。
例:午前5時始業〜9時終業・休憩 午後5時に再度始業〜午後11時終業(10時間拘束・8時間休憩)(2023年現在の基準による)
しかし「休む」といっても、朝・晩に分散されたシフトは、2度の通勤が必要となる場合が多い。かつ、夕方にはバス運転に戻るため、お酒を飲んでパッと発散、ということもできない。このシフトが続くと疲れが取れない、とこぼす方も多い。
なお、24年4月以降は「働き方改革関連法案」の完全施行によって、休憩時間は現行より1〜3時間長めにとられ、拘束時間の上限も変更になる。
バス会社にとって「朝・晩だけは働いてもらう」「夜遅くまで働いてもらい、翌朝出勤させる」ような運転手の使い方が難しくなる。これだけが原因という訳ではないが、朝・晩で別に雇う必要が出てきたことが、俗に「2024年問題」と呼ばれる運転手不足につながっているのだ。
さらに路線バスの場合、上記例に基づいて10時間拘束されても、10時間分相応の給料が入る訳ではない。
多くのバス会社では、勤務時間を「実ハンドル制」(バスを運転する時間+最低限の準備時間)で計算、残り時間は休憩扱いという仕組みになっているのだ。しかも最近は、専用のドライブレコーダーできっちりと運転時間を測られる。
この状態を他の職種で例えると「工場のライン工は、コンベヤーから流れてきた製品を加工していない限り休憩扱い」「事務職は、処理する書類がなければ勤務時間外」のようなものだろうか。
また、バスの運転本数の少ない地方ほど「実ハンドル時間」の影響を受けやすい。沖縄タイムスプラスの報道によると、沖縄県では「コロナ禍による減便で運転手の月給が25万円→15万円になった」というケースまであり、相次ぐ退職の原因になっているという。
早朝から夜遅くまで拘束され、飛び飛びでしか給料が入らないという勤務制度こそが「拘束時間が長いのに、給料が安い」事態の元凶といえるだろう。
いま、全国のバス運転手の平均年齢は「53歳」。全産業平均の43.4歳よりも激しく高齢化が進んでいる。中には「運転手の年齢構成は50代・60代が6割、20代はわずか4%」という大手バス会社すらあるほどだ。
バス会社はここ20年で、定年退職後の運転手を委託雇用したり、雇用形態を非正規にしたり、バス事業そのものを分社化→出向扱いにするなど、各社とも正規雇用を絞るという流れが続いていた。即戦力にならない新規採用を押さえていたバス会社も多く、その分平均年齢が上がっているのだ。
現状の平均年齢からすると、いま主力を担う運転手の方々が勤務できるのは、長くてあと10年といったところ。この状況で人員を補充しようにも、若者にとっては「就職後の早い時期に重責を負わされる」可能性を感じて、応募に躊躇(ちゅうちょ)してしまうケースもあるかもしれない。
かつて「中休シフト」「実ハンドル時間」「社員の委託化」によるコストカットに成功した経営者はインタビューで“経営の神様”と祭り上げられ、「実ハンドル時間の導入で合理化に成功した」とアピールし、栄誉を得られることもあった。また、補助金を出す側の政治家が「実ハンドル時間が少ないのに高給取り」とバス運転手をやり玉に挙げ、喝采を浴びた。
なお、こういったショーのような人員削減は、勢力を問わず各党とも関わり、各種コンサルタントの商機にもなった。社会全体を巻き込んだ「ヒトの買い叩き」は、バス運転手のみならず、トラック・小型船舶の船員・建設現場など、いま日本全体で進むブルーワーカー(現場労働者)の待遇の悪化、業界によっては事故発生にもつながっている。
ただ、「川崎鶴見臨港バス」(神奈川県)の労働組合が全面ストライキなどで中休シフトへの抗議を続けていたり、23年には「させぼバス」と運転手・元運転手で争われていた「折り返し時間の賃金支払い」(バスがドアを開けて乗客を待つ時間を勤務時間に含めるか)が認められたり、少しづつ風向きは変わっている。
運転手不足の対策として「当社は中休なし」「拘束時間も一定時間は勤務扱い」などの条件を掲げるバス会社の求人も増えてきた。路線バス業界だけでなく国・自治体も巻き込み、さらなる労働環境改善への取り組みを期待したい。
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