「入社祝いで400万円」それでも足りないバス運転手 3つの元凶は?宮武和多哉の「乗りもの」から読み解く(4/4 ページ)

» 2023年12月08日 07時30分 公開
[宮武和多哉ITmedia]
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運転手確保に向けた“あの手この手”

 バス運転手の圧倒的な人手不足を解消するために、各地のバス会社はあの手・この手と知恵を絞り、新規採用を行っている。

 まず求人前提となるのは、給料のベースアップだ。

 一例として、両備バス(岡山県)は「社員773人に、平均5%」、京浜急行バス(神奈川県)では、「2〜3万円のベースアップ+各種手当新設」という昇給を行っている。その上で、両備バスは「宇宙一本気(マジ)な乗務社員採用プロジェクト」と銘打ったキャンペーンを、岡山県内のテレビ・ラジオなどを巻き込み実施。朝日新聞の報道によると、今のところ、3カ月で54人の入社につながったという。

 また京浜急行バスは、「人財不足で、このままではヤバいです」とストレートに伝え、親会社である京急電鉄の1編成(8両)丸ごとジャック、求人広告で埋め尽くす施策が話題を呼んだ。こちらも「就職説明会の参加者倍増」につながったという。

 昔は「入社時の支度金(現金支給)」「免許取得費用負担」などがなくても十分に人材が集まっていたが、今ではこういった手当がどんどん増えている。

 また、地方では移住支援策と一体化したバス運転手の募集が行われ、大分県別府市では「市内に移住してバス運転手として働けば、最大400万円」「職場に無料温泉付き」(もともと営業所内に温泉が湧いている)という破格の条件を提示している。ただ、これだけの支援策にもかかわらず、別府市では23年9月の時点で有資格の応募者がいないというから悩ましい。

 ほか、多様な人材を受け入れるために「女性専用の休憩所・仮眠室」「既に女性の運行管理者・主任まで輩出している研修体制」など、女性が働きやすい環境づくり(神奈川県・相鉄バス)、「年間休日を積み増し+入社時に賃金制度を選べる」(熊本県・産交バス)など、各社ともさまざまな策を講じている。

再編の上で、国が責任もってバックアップを

 バス運転手不足の一因となっている「働き方改革関連法」は、それまでメスを入れられることがなかった長時間労働・長時間運転の解消などに踏み込んでいる。国が施行した政策としては、一定の評価はされるべきだろう。

 しかし、国はこの法案とともに考えるべきだった「給料のベースアップ」への誘導を怠った。2024年3月以降に運転手不足に陥ることが分かりきっていながらも、対策はすべて後手後手に。バス会社もコロナ禍で軒並み赤字に転落する中、昇給・増員ができる体力を失い、国がとった対策も、ほぼ「赤字のカバー」のみにとどまった。

 結果として「給料は安くなるばかり、長時間拘束はややマシになり、人材不足は深刻に」という状態のまま、「2024年問題」のリミットを迎えることとなった。いま各地で起こる「バス運転手不足」による混乱の原因は、バス会社だけでなく国にもあるのではないか。

運転手不足 2024年4月以降の、バス運転手の改正ポイント(国土交通省資料より)

 バス運転手の報酬・人件費を「そこに住んで、家庭を築き、子どもを育てる」というライフプランを描ける額で経営に織り込むと、かなりのバス路線が赤字に転落する可能性がある。また、200〜300円しかとれないのに高頻度運転を求められる都市圏の路線バスにも危機が訪れるだろう。

 利用する側の負担増(値上げ)は避けられないが、国も「人件費をしっかり織り込んだバス事業」を作り上げるために、いま一度責任をもって、バス業界の再構築にかかわる必要があるのではないか。

 これまでの杓子定規(しゃくしじょうぎ)な赤字補填(ほてん)だけでなく、必要な再編を行った上での「上下分離(車庫・設備などを自治体が負担する)」「法人税・ガソリン課税の減免」「(バス路線を維持できない地方では)デマンドタクシー(予約制)への転換、それが難しければライドシェア検討」などの支援策も、視野に入ってくるだろう。

 その上で、本当に必要とされるバス路線で運転手が不足しないため、「人が働ける」業界をいま一度構築できないものか。バス運転手に限らず、縁の下で暮らしを支えるブルーワーカー(現場労働者。運輸系だとトラック・タクシー・鉄道など)が、きっちり報われる国であってほしい。

宮武和多哉

バス・鉄道・クルマ・駅そば・高速道路・都市計画・MaaSなど、「動いて乗れるモノ、ヒトが動く場所」を多岐にわたって追うライター。幅広く各種記事を執筆中。政令指定都市20市・中核市62市の“朝渋滞・ラッシュアワー”体験など、現地に足を運んで体験してから書く。3世代・8人家族で、高齢化とともに生じる交通問題・介護に現在進行形で対処中。

また「駅弁・郷土料理の再現料理人」として指原莉乃さん・高島政宏さんなどと共演したことも。著書「全国“オンリーワン”路線バスの旅」(既刊2巻・イカロス出版)など。23年夏には新しい著書を出版予定。

 noteでは過去の執筆記事をまとめている。


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