では、どういう時にヒューマンエラーが起こるのか? この「心の謎」の解明に役立ったのが「ハインリッヒの法則」です。
これは「災害防止のグランドファーザー」と呼ばれるハーバート・ウィリアム・ハインリッヒ氏が「重大な事故は偶発的に起こるものではなく何らかの予兆が潜んでいる」という教訓をもとに統計学的に導き出した法則です。
ハインリッヒの分析で、1つの大事故の背景には29の軽微な事故、さらには300のニアミスが潜んでいることが分かり「大事故の予兆となる300件ものニアミスを把握し、それが起きた状況分析を徹底すれば、大事故は98%予防できる」としました。ニアミスは「ヒヤリ・ハット」とも呼ばれています。
この示唆を生かすために、航空も含む運輸業、医療、製造業や建設など、一歩間違えれば大事故が起きる可能性がある業種では、ヒヤリ・ハットの情報を把握し、「重大な事故に至らないため」の対策が講じられています。
例えば、病院に入院すると手首に名前の書いたタグをつけられたり、薬をもらう時にその人専用の薬箱が用意され、指差し確認や、声出しによる相互確認が看護士の方たちの間で行われたりすることがありますが、それらの多くはヒヤリ・ハット事例を集めた結果に基づいて取られてきた対策です。
一方で、ヒヤリ・ハットが「どういう時に起こるのか?」という調査が多くの研究者によって積極的に行われ、私も関わった経験があります。そこで分かったのが「職場環境の重要性」です。
具体的には、下記がヒヤリ・ハットが起きやすいとされる環境です。
特にトップやリーダーの意識の低さが現場の社員に伝染すると、ヒヤリ・ハットをヒヤリ・ハットと認知しなくなる傾向が高まることが分かりました。
また、トップやリーダーに「ミスは個人の資質の問題」という思考性が強いと、社員はヒヤリ・ハットを隠すようになりがちです。人には「自分を守りたい」と保身の感情がありますから「こんなこと報告したら、ダメなやつだと思われてしまう」「罰を受けることになってしまう」「だったら言うのをやめよう」と、ヒヤリ・ハット=失敗を言わない職場ができあがってしまうのです。
組織づくりの観点からビジネスでも注目されている「心理的安全性(psychological safety)」も、重大事故を未然に防ごうという活動を進める上で、医療現場で生まれた概念です。
つまるところ、企業のトップやリーダー自身が「どんなに優秀な人でも、人である限りミスを犯すことがある。自分も例外ではない」という原理原則を決して忘れずに、ヒヤリ・ハットを報告しやすい環境を整えることでしか、最悪の事態は防げません。それでもミスをゼロにするのは無理。
「心」は常に環境の影響を受けているので、どんなに事故の芽を摘む対策を取ろうとも、そこに「人」がいる限りヒューマンエラーは起こります。
予期せぬ危機を奇跡に変えるのが「人」なら、想定外の危機を生むのも「人」。
「人がいれば、ヒューマンエラーは起こる」という基本原則のもと、ソフト面・ハード面の対策をアップデートし続け、失敗が言える組織風土をつくることでしか、大事故を防ぐ手立てはないのです。
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