では、実際にあったトラブルを見ていきましょう。
令和2年10月29日 大阪地方裁判所判決
<時系列>X入社→退職金廃止の通知→Y入社→就業規則の改定→XとY退職
裁判所は、まず廃止についての「個別の合意」の有無を判断しました。「将来の退職金を失わせるという不利益の大きさに鑑み、その同意の有無については慎重に判断せざるを得ない」と方針を示した上で、以下のように述べました。
さらに「仮に、従業員らが形式上退職金制度の廃止に同意したと見られる行為を行っていたとしても、同廃止は、会社が自社ビルを約3億円で購入し、その借金が嵩んだことを主たる要因とするものであって(……)、そのような理由で退職金を廃止されることに労働者が同意するとは考え難い」とも述べ、「このような行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえず、従業員の同意があったものとすることができない」と判断し、先の図の右側のルートが断たれました。
なお退職金制度の廃止は認められなかったので、Yの入社時点で退職金制度は存在していたことになります。そのため、本ケースではYにも退職金制度が適用されました。
このように労使間の合意の有無が裁判での争いになった場合は、例え従業員の署名がある合意書が存在していても、会社からの圧力がない状態で本当に従業員がその不利益な条件変更を飲むか? という視点で見られます。十分な代替措置が無い場合は否定される可能性が高い、と考えることが現実的でしょう。
次に「就業規則の改定」に伴う不利益変更の有効性についてです。就業規則の改定手続きは当時放置されていましたが、退職金制度廃止の案内から13年経って行われ、内容は次のように定められました。
第3条(退職金の支給額)
これについては改定時に会社が退職金を廃止しなければならない経営状況であったなどの事情は見当たらず、その必要性を述べていない上に、退職金額がすでに140万円を超えており、従業員らの不利益が大きいことから変更の合理性についても否定され、先の図の左側のルートも断たれました。
以上のことから個別の合意はなく、かつ就業規則の変更に伴う不利益変更も認められなかったため、従来の退職金制度に基づく退職金の支払いが命じられることとなりました。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング