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「賃上げできない企業」は今、何をすべきか(2/2 ページ)

» 2024年01月31日 10時15分 公開
[今井昭仁ITmedia]
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原資の有無から視点を切り替えた先に見えるものは何か

photo (提供:ゲッティイメージズ)

 それでは、原資がなければ、賃上げはできないのだろうか。賃上げを従業員に月々支払う現金の量の増加と考えたら、原資がなければ打つ手はないだろう。

 しかし、時間当たりの賃上げへと発想を転換することもできるかもしれない。そのためには、賃金の金額にのみ焦点を当てるのではなく、その賃金が何時間の労働とひも付いているのかに注目することが必要だ。例えば、賃金は据え置きで労働時間が半分となれば、労働時間当たりの賃金は2倍になったといえるだろう。

 上記の例は、かなり極端なものだ。また「賃金は据え置き」と表現したように、一般的に想定される賃上げとも異なる。しかし、賃金を据え置きながら労働時間を短縮することは、労使双方にとって検討に値する選択肢となり得る。

 まず、経営側は原資を心配する必要がない。また、労働者側も賃金は据え置かれるものの、労働時間が短くなる。そして、重要なポイントとして、労働者は労働時間が短くなって生まれた時間の使い方を選択できる。例えば、体を休めることに使ったり、副業を行って可処分所得を増やしたりすることもできるだろう(注3)。

(注3)23年に行われた調査において、副業容認率は60.9%だった。そのため、約4割の労働者には副業を行って可処分所得を増やす選択肢がないことにも注意。副業容認率の詳細は、パーソル総合研究所「第三回 副業の実態・意識に関する定量調査」(23年12月15日アクセス)。

どのように労働時間を短縮するか

 ここからは、24年の春闘に向けて争点となっている5%の賃上げターゲットを例にして、具体的に考えてみよう。5%の賃上げの代替として労働時間を5%短縮するための一案は、1日当たりの所定労働時間の削減だ。例えば、1日の労働時間が8時間(480分)の企業が5%短縮するならば、7時間36分(456分)となる。つまり、労働時間を24分短縮することがターゲットとなる。

 他の案についても考えてみると、勤務日を減らす選択肢が浮かぶ。ここでは、月間の勤務日を20日として考えてみよう。計算自体は単純で、20日の5%に当たる1日の削減がターゲットになる。つまり、月当たり1日の休日を付与することによって、月当たりの労働時間は5%削減される。労働時間で見てみると、8時間労働を月に20日で月間160時間働いていたものが、8時間労働を月に19日で152時間へと短縮されることになる。

 実現方法としては、有給休暇のように従業員がある程度自由に行使できる形で特別休を付与したり、毎月一斉に取る休日を1日追加したりするのもよいだろう。月1日を年間12日と捉え直せば、夏季休暇や年末年始休を長めに設定することでも対応できるはずだ。

 このようにさまざまなアプローチがあるが、業種や職種などによって相性のよい実現策は異なる。また、賃上げターゲットの5%全てを労働時間で調整する必要はなく、例えば3%の賃上げと、2%の労働時間短縮のように組み合わせることもできる。

 いずれにせよ、各種ルールの変更や労務管理に関わってくることも念頭に置きながら、検討する必要がある。他方、毎年のように労働時間で調整することは現実的と言い難く、こうしたアプローチはあくまでも副次的に位置付けるべきだろう。

 なお、こうした労働時間の調整による賃上げに対して懸念されるのが、その影響である。労働時間を削減した際には、従業員のパフォーマンスや会社業績も低下する可能性がある。しかし、実際はここまで単純ではない。

 例えば、イギリスでは22年に週休3日制を試行するキャンペーンに61社が参加した。週休2日制から3日制に変更した場合、労働時間は20%短縮されることになり、上記のような5%の短縮以上の影響が考えられる。しかし、週休3日制を試行した企業はパフォーマンスにおおむね高い満足感を示した他、業績の落ち込みも見られず、61社中56社が試行後も同制度を継続する判断を下した(注4)。

(注4)◆ https://autonomy.work/wp-content/uploads/2023/02/The-results-are-in-The-UKs-four-day-week-pilot.pdf◇Autonomy ”The results are in: The UK’s four-day week pilot”◆(23年12月15日アクセス)。なお、このキャンペーンは給与の維持と労働時間短縮を条件としており、1日10時間労働とすることで週40時間労働を維持するような週休3日とは異なっている。

 もちろん、海外の事例であることなどから解釈には注意が必要だが、こうした結果や5%の労働時間短縮は週休3日制よりも労働時間の短縮率が小さいことを考慮すると、パフォーマンスや会社業績に与える影響への懸念は軽減されるのではないだろうか。

まとめ

 23年の春闘は、各社の満額回答が相次ぎ、賃上げ率は平均で3%を超えたとされている。経済見通しにも左右されるものの、24年の賃上げも同様のトレンドとなることが見込まれている。

 上記のような背景を念頭に置きながら、本コラムでは、原資が不足する状況下での賃上げのアプローチについて考えてきた。

 ここまで俎上に載せてきた労働時間を調整するアプローチには、各種ルールを変更する手間が付随する。従業員の可処分所得に配慮するならば、副業の扱いを見直すことも必要かもしれない。また、毎年のように労働時間の調整をすることは現実的とは言い難い。

 こうした難点はあるものの、賃上げへの関心が高まる中で何もしないことにも弊害がありそうだ。つまり、賃上げトレンドに対応できなければ、自社従業員のモチベーションの低下や離職率の悪化、新卒やキャリア採用の困難などとなって顕在化することが考えられる。こうしたことを避けるためには、「原資がない」という事実が動かせなくとも、広い視点で考え、着実に対応することが必要ではないだろうか。

今井昭仁

London School of Economics and Political Science 修了後、日本学術振興会特別研究員、青山学院大学大学院国際マネジメント研究科助手を経て、2022年入社。これまでに会社の目的や経営者の報酬など、コーポレートガバナンスに関する論文を多数執筆。

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