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エプソン、三井化学が投資 「100億円」調達した東大発ベンチャーに聞く“タッグの作法”スタートアップの突破口(1/3 ページ)

» 2024年03月05日 08時00分 公開
[及川厚博ITmedia]

 M&Aと資金調達のマッチングプラットフォームを運営するM&Aクラウド(東京都千代田区)の及川厚博CEOが、スタートアップや事業会社・CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)のリアルな声を伝え、オープンイノベーションのヒントを見いだしていく連載「スタートアップの突破口」。

 4回目はエレファンテック代表取締役社長の清水信哉氏に話を聞いた。

 2014年に東大発スタートアップとして創業し、セイコーエプソンや三井化学など大企業からの資金調達を機にさまざまな協業を行い、事業シナジーを生んでいるのがエレファンテックだ。

 国内外の大企業と取引し、ディープテック・スタートアップの雄として成長を続ける同社だが、この成長ぶりは彼らに出資してきた事業会社の後押しも大きかったようだ。事業会社とスタートアップが抱えるそれぞれの課題、そしてそれを解決する真の「オープンイノベーション」の姿とは――。

エレファンテック代表取締役社長の清水信哉氏(左)とM&Aクラウドの及川厚博CEO

オープンイノベーション×スタートアップ それぞれの狙い

及川厚博氏(以下、及川): エレファンテックさんは独自の金属インクジェット印刷技術を世界で初めて開発し、量産化に成功して成長しているスタートアップです。セイコーエプソンや三井化学など多数の事業会社からの投資を受け、創業以来、累計100億円の資金調達をしています。簡単に御社の技術や事業からうかがえますか。

清水信哉氏(以下、清水): 当社は2014年に創業したプリンテッド・エレクトロニクス分野の東大発ベンチャーです。独自のインクジェット印刷基板製造技術で電子回路を金属に印刷することで、銅板などの材料を大幅に削減し、CO2や水の排出量も大きく抑えられます。50年ほど前からアイデアはあった技術ですが、それを世界で初めて量産化したのは当社です。

 調達した資金の7割がエクイティで、うちVC・事業会社の割合はだいたい5:5です。大企業からの出資の場合でも、出資するだけで終わらず、技術面や生産面での提携をしつづけてくれています。

 例えば、セイコーエプソンさんは世界的なインクジェット印刷の会社です。当社はインクジェット印刷機を作っているので、技術的なシナジーは多数あります。また、株主の1社である三井化学さんからは、彼らの名古屋工場の中の建屋やインフラを当社がお借りして、量産ラインを作りました。

 三井化学さんは空いている場所に、いずれは自分たちの作る材料を使う可能性のある新しいものを入れたいというモチベーションがありました。他にも当社の株主には、信越化学工業さんや三菱電機さんなどもいらっしゃいます。当社は本当の意味で「オープンイノベーション」をやっている会社だと思っています。

及川: 19年の資金調達では、リードであるセイコーエプソンさんに加え、三井化学さん、住友商事さん、タカハタプレシジョンさん、JA三井リースさんなど計9社から出資を受けました。同年、セイコーエプソンさんが発表した中期経営計画では、オープンイノベーションによる成長加速を基本方針に掲げ、多様な印刷用途に対応するプリントヘッドの外販でビジネスを拡大するという点にも言及していらっしゃいましたが、協業に至るまでにはどのような話があったのでしょうか。

清水: 当時、私たちはようやくラボスケールで物が作れるようになった段階で、量産化するには資金的にもノウハウ的にも厳しい状況でした。細かい話ですが、量産する工場を建てるとなると、警備はどうする、食堂はどう作るかとか、ノウハウがないと結構大変なんです。ですので、量産のノウハウを持っている企業と提携したいというモチベーションがありました。

 他方、出資側にとってもメリットがありました。セイコーエプソンさんは、最大の売上比率を持つ商業・産業印刷、つまり紙への印刷分野に加えて、エレクトロニクス分野でも同社技術を用いて事業展開ができないかということは当然考えられていたと思います。ただ、大企業が新規事業として量産工場を作るには相当のリスクを取る必要があります。そこで、私たちがリスクを取って量産し、彼らがオープンイノベーションという形を取って協業することには、利害の一致があったわけです。

及川: どのような協業関係を想定していたのでしょうか。

清水: セイコーエプソンさんはプリントヘッドに非常に高い技術を持っているのですが、これを作れる企業は世界に数社しかありません。私たちの技術が発達していけば、その印刷にはセイコーエプソンさんのプリントヘッドが使われるわけです。プリントヘッドは消耗品ですので、私たちの製品が使われることでセイコーエプソンさんのエレクトロニクス分野でも事業が成長します。中長期的な研究開発のポートフォリオも含めて、私たちに賭けていただいたということだと思います。

及川: セイコーエプソンさんとはどのようにしてつながったのですか。

清水: いくつかルートがあったのですが、一つは「J-Startup」(経済産業省のスタートアップ育成支援プログラム)でした。私たちは「J-Startup」の1期生なのですが、サポーター企業の中にセイコーエプソンさんがいたのです。

エレファンテック代表取締役社長の清水信哉氏

及川: 国の施策でちゃんとマッチングできたのですね。

清水: はい。加えて、セイコーエプソン側の担当者の方が強い熱意で進めてくださったことも要因だと思います。経営企画の方だったのですが、大企業では経営企画だけで出資を決めることは難しく、私が事業部に説明に行く場を調整するといった“アレンジャー”的な役割を担ってくださいました。

及川: スタートアップの場合、誰と組むかで色がつくこともあります。そういう意味で、どのようにして協業先を選んだのでしょうか。

清水: セイコーエプソンさんはインクジェットの最先端技術を持っていますから、最も組みたい相手であり、仮に色がついたとしてもそれで良いと考えていましたから、意思決定も比較的容易でした。

及川: それにしても、中期経営計画でオープンイノベーションと外販をひも付けて発表までできたのは、すごいことですよね。

清水: 技術を真摯に追求している会社であるからこそ、イノベーションが難しい時期もあったと思います。自らの技術に自信を持ちつつも、技術が多様化していく中で市場開拓のためにオープンイノベーションに舵を切ったのは、素晴らしい意思決定だったと思います。

 一方、イノベーションの観点でいうと、三井化学さんは同じメーカーでも異なる点がありました。もともと化学メーカーはリスク込みの研究開発投資を行って大きな事業を作るという仕組みになっており、業界自体にベンチャー的な要素があります。一つ製品化すると何十年も同じ製品で稼げる、Jカーブを掘るビジネスモデルなので、こうした企業が最も恐れるのは世の中の流れの変化に乗り遅れることであります。ですから、新しい技術に投資することが一般的なのです。

 ただ、投資額が大きいので「プラントを作ってみたけれど需要がありませんでした」なんてことはできませんから、私たちがそのリスクを取ってやり切る。スタートアップに量産ノウハウが重なると、やはりよい製品ができてきますから、文字通りWin-Winになっていきます。

及川: そんな会社に選んでもらっているのは「新しい技術」と考えられているということですから、すごいことですね。

M&Aクラウドの及川厚博CEO
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