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「リスキリング後進国ニッポン」で成功するために、必要な2つの戦略(4/4 ページ)

» 2024年03月06日 10時40分 公開
[神田靖美ITmedia]
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リスキリングで成果を上げるための2つの戦略

 企業に頼らず個人でリスキリングを行う場合、成功するための第1の戦略として「安易に流行を追わない」ことも選択肢に入れるべきです。

 現在、リスキリングで学ぶべきテーマといえば、IoT、ビッグデータ、AIなどとされます。前述の通りリスキリングとは第4次産業革命に対応するものであり、第4次産業革命の中心はこれらの技術だからです。

 しかし現実は複雑です。ディー・エヌ・エーの原田慧氏は数理学の博士号取得者であり、ビッグデータを扱うデータサイエンスの専門家ですが「データサイエンティストとして活躍するのは簡単ではない」と話しています。

 データサイエンティストのブームが起きたのは13年頃です。当時大学に入学した人はとうの昔に大学院の修士課程を終えて就職しており、その後輩たちもすでに就職しています。異なる分野から参入した人が、6年間勉強した人に追い付くことは容易ではありません。同様のことはIoTやAIの労働市場でも起きている可能性があります。

 勉強で流行に乗ることには慎重になるべきです。実は、筆者はリスキリングではありませんが、リカレント教育の経験者です。06年にサラリーマンを辞め、大学院のMBAコースに入学しました。

 入学した直後に「入るところを間違えた。ファイナンス研究科にしておけば良かった」と後悔しました。当時は金融工学こそが有望産業であると言われていたからです。筆者が修了した大学の大学院ファイナンス研究科はビジネスパーソンを対象にしたアンケートで、入りたい社会人大学院の1位にランクされていました。

 しかしそれから2年もたたないうちに世界金融危機が起こり、社会における金融工学の扱いは一転しました。現在、Amazonで「金融工学」という言葉を含むタイトルの書籍を検索すると、最も新しいものでも16年発売です。筆者が修了した大学院のファイナンス研究科はすでに募集を停止しました。

 はやっているからという安易な理由だけで、転職を視野に入れたリスキリングに取り組むのは、やや早計と言えるでしょう。目的を明確にした上で、戦略立てて学びを進める必要があります。

 自分がやろうとしているリスキリングを、一歩離れて客観的に見ることです。言い換えれば自分の考えについて考えることです。これを「メタ認知」と言います。

 「あることを勉強したい」「このように勉強しよう」と思ったら、すぐに行動を起こすのではなく、そのことをそのように勉強したいと考える自分がいるということ、なぜ自分はそう思っているのかについて考えます。メタ認知は知的能力以上に学習結果を高める効果があると、今城志保・リクルートマネジメントソリューションズ組織行動研究所主幹研究員は言っています。

 第2の戦略は、ストレスに対処する術を用意することです。人間はストレスや不安を感じているとき、学習能力も判断能力も低下します。

 しかしリスキリングそのものがこれらと隣り合わせです。仕事に不安もストレスも感じていない人は、職種転換を前提としたリスキリングをそもそもしようとは思わないからです。人生で最も学習を必要としている時期に、最も強力な邪魔が入るという、逆説的なことが起こります。その結果、リスキリングの成果が上がらなかったり、賢明ではない分野のリスキリングを選んでしまったりすることにつながりかねません。

 常磐大学人間科学部の渡辺めぐみ教授は、高いストレスの下で意思決定をするときは、(1)過去にこの方法で成功したという理由で意思決定をしないこと、(2)部外者に相談すること、(3)自分の心拍数を正しく認識する訓練(このことを内受容感覚訓練といいます)をすすめています。


 野口悠紀雄・一橋大学名誉教授によると、アメリカでは生成AIによる失業がすでに顕在化しています(『生成AI革命 社会は根底から変わる』2024年、日経BP)。

 日本でAIによる失業への不安がそれほど強くないのは、正社員の雇用が比較的守られているからでしょう。そうした状況のうちに、リスキリングに取り組んでおいた方が良さそうです。

著者紹介:神田靖美

人事評価専門のコンサルティング会社・リザルト株式会社代表取締役。企業に対してパフォーマンスマネジメントやインセンティブなど、さまざまな評価手法の導入と運用をサポート。執筆活動も精力的に展開し、著書に『スリーステップ式だから、成果主義賃金を正しく導入する本』(あさ出版)、『会社の法務・総務・人事のしごと事典』(共著、日本実業出版社)、『賃金事典』(共著、労働調査会)など。Webマガジンや新聞、雑誌に出稿多数。上智大学経済学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了。MBA、日本賃金学会会員、埼玉県職業能力開発協会講師。1961年生まれ。趣味は東南アジア旅行。ホテルも予約せず、ボストンバッグ一つ提げてふらっと出掛ける。

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