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生成AIはネット広告をどう変える Google・Yahoo!は過去の覇者に成り下がるのか

» 2024年05月08日 08時30分 公開
[湯川鶴章、エクサウィザーズ AI新聞編集長]
ExaWizards

 1995年。僕は米・シリコンバレーで駆け出しの新聞記者だった。地元紙でインターネットという聞き慣れない言葉を見つけた。よく分からないが、何か大きな変化の兆しを感じた。

 書店でインターネットに関する書籍を探し、やっと一冊、タイトルにインターネットという単語を含む本を見つけた。しかしその中身は、インターネットの前身となった米軍のコンピューターネットワークに関する記述がほとんどで、最後のチャプターにインターネットはいくつかのネットワークを結ぶ「ネットワークのネットワークだ」という簡単な説明が載っていただけだった。

 サンフランシスコのダウンタウンで、インターネットに関する有料セミナーが開催されることを知った。参加者はわずか十数人だった。講師は、大手電話会社の女性幹部で、彼女によると、コンピューターネットワーク上に情報が掲載されたページのようなものが数多く登場することになるだろうという話だった。

 情報が掲載されたページ。イメージしにくかった。でももしそうしたページが数多く生まれてくればくるほど、欲しい情報に辿り着くのが困難になるような気がした。手を挙げて「どんなふうに情報を探すことになるのですか」と聞いてみた。彼女は一瞬、沈黙した。そして「とてもいい質問です。私にもよく分かりません。ただ、その方法を見つけ出した人は大金持ちになると思います」と語った。

生成AIはネット広告をどう変えるか(画像:ゲッティイメージズより)

 意外にも、その方法を見つけ出した人物は近くにいた。

Yahoo!の登場

 友人である日本人女性の中国系アメリカ人の彼氏が、ネット上の情報ページをカテゴリーに分類して一覧できるサイトを作っていた。彼氏の名前はジェリー・ヤン、サイトの名前はYahoo!だった。セミナー講師の予言通り、Yahoo!を開発したジェリー・ヤンはその後、大金持ちになった。

 情報ページはWebページと呼ばれるようになりネット上に溢(あふ)れ出した。やがてYahoo!も人力でカテゴリー分けすることが物理的に無理になり、情報を検索する技術の開発競争が始まった。

 頭角を現したのはGoogleと呼ばれるサイトだった。今ならWebページに何が書かれているのか、どのページが重要なのかは、言語AIが認識してくれる。しかし当時の言語AI技術は未発達で、使い物にならなかった。なのでGoogleは言語AIに一切頼らず、Webページの重要性を被リンクの数で判断するというシンプルな方法を採用した。多くのページからリンクが貼られているページには重要なことが書いてあるに違いない、という考え方だった。

 この方法が非常にうまくいった。Googleはあっという間にに人気サイトの一つになった。ただマネタイズの方法が不明だった。ページ上に所狭しとバナー広告が張り巡らされているYahoo!と異なり、Goolgeの最初のページにはロゴと検索窓があるだけ。バナー広告は一切なかった。

 「マネタイズをどう考えているのか」という質問にGoogleの経営者は「今はとにかくアクセスを集めるとき。マネタイズ方法は後で見つかると思う」と語っていた。

 そして見つかったマネタイズ方法が、検索連動型広告と呼ばれるものだった。ユーザーは欲しい情報を検索するのに検索キーワードを検索窓に入力した。このキーワードに関連する広告を表示するというのが、検索連動型広告だった。広告掲載の順番と広告料金は、特定のキーワードに広告を出稿したい広告主によるオークションの形式で決まった。

 この検索連動型広告は抜群の広告効果を発揮し、Googleはインターネットの覇者となった。

 それから20年。言語AIが大きく進化した。被リンクの数でページの重要性を推測しなくても、言語AIがページの内容や重要性を把握できるようになった。ユーザーが検索結果のページに掲載されるリンクを上から順にクリックし、リンク先のページを読んで、その中から必要な情報を探し出さなくても、チャット型AIに質問するとチャット型AIが答えを直接返してくれるようになった。

 人力で情報をカテゴリー分けしていたYahoo!から、被リンクの数をベースにした技術で情報の検索を可能にしたGoogleのキーワード検索へ情報検索の主役の座が移行したように、今またキーワード検索からチャット型AIに主役の座が移行しようとしている。

 問題はマネタイズ方法である。Googleが検索連動型広告というマネタイズ方法を見つけ出すまでにしばらく時間がかかったように、チャット型AIもまだマネタイズ方法が見つけられていない。

 今、ChatGPTを初めとする多くのチャット型AIサービスが、月額20ドルのサブスクリプションを収入源にしている。恐らく、そうしたシンプルなサブスクとは別のマネタイズ方法が出てくるのだと思う。シンプルなバナー広告でもないと思う。検索連動型広告よりもさらに広告効果が優れていて、情報を提供したい企業と、その情報を求めている人をより正確に結びつけるような仕組みが、今の言語AIでできるのではないだろうか。

 誰がその仕組みを思いつくのだろうか。恐らくGoogleではないと思う。Yahoo!がバナー広告の収益を捨ててまで検索連動型広告に乗り移れなかったように、Googleも同社の主な収入源である検索連動型広告を捨ててまで、新しいマネタイズの仕組みに挑むことは難しいと思う。いわゆるイノベーションのジレンマと呼ばれる現象だ。

 となると、注目すべきはチャット型AI周りのスタートアップ企業だ。そう遠くない将来に、どこかのスタートアップがチャット型AIの新たなマネタイズの仕組みを見つけ出すことだろう。そのスタートアップが次のネット業界の覇者になるのか。Googleのようなテック大手がそのスタートアップを買収するのか。それは分からない。

 しかし、その仕組みを思いついた人が今回も「大金持ち」になるのは間違いないだろう。今回も誰か身近な人がその仕組みを思いつかないだろうか、と期待している。

 誰かがその仕組みを思いついたとき、広告、マーケティング業界が激変する。それは多くの人にとってチャンスでもあり、リスクでもある。

本記事はエクサウィザーズのAI新聞「生成AIでネット広告はどう変わるのか」(2024年4月25日掲載)を、ITmedia ビジネスオンライン編集部で一部編集の上、転載したものです。

著者プロフィール

湯川鶴章

AIスタートアップのエクサウィザーズ AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。17年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(15年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(07年)、『ネットは新聞を殺すのか』(03年)などがある。


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