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自分のキャリアに「納得」するために必要なものは?十人十色な「キャリア安全性」

» 2024年05月17日 08時30分 公開

連載:十人十色な「キャリア安全性」

一社で長く働くというこれまでの日本のキャリア観は、コロナ禍を経て完全に過去の話と化した。キャリアは会社が与えてくれるものから、自分が築き上げるものになった。それは、今所属している場所が、自分に成長や安心感を与えてくれる場所なのか──そうした「キャリア安全性」を誰もが求めるようになったともいえる。VUCA時代において、多くの人に当てはまる「最適解」はもはや正解ではない。十人十色なキャリア安全性について考えてみよう。

 「この職場で働き続けることは、果たして自分にとって幸せなのだろうか」「この仕事を続けることが、自分にとってよいことなのか」――これまで働いてきた中で、こうした気持ちを抱いたことはあるだろうか。

 今の職場に疑問を感じたり、今担当している職種を続けることに不安を抱いたり……。こうした思いをもとに考えを深めていき、異動希望を出したり転職活動をしてみたりして自分の歩みを進めてきた人は少なくはないと思われる。

 私自身もその一人だ。就職氷河期に運よく正社員として働き始めたものの、3年強で最初の転職を経験し、現職のサイボウズにおいても、異動を重ねながら現在までやってきている。それらが正解だったかどうかは外の人が決めるものではなく、自分自身の中にある「納得感」だ。

「この職場で働き続けることは、果たして自分にとって幸せなのだろうか」と、疑問を覚えたことがある人もいるだろう(画像:ゲッティイメージズより)

 冒頭の疑問は、昨今では「キャリア安全性」と言われることが多い。キャリア安全性には「現在の会社で成長し続けられるという自信」「今の仕事を通じて他社でも通用するスキルや経験を詰めている実感」など複数の解釈があるが、今回はリクルートワークス研究所の「自分の現在のキャリアや今後のキャリアが今の職場でどの程度安全でいられるのかを示す尺度」という定義で考えていきたい。

 キャリア安全性が話題になるシーンはさまざまだが、昨今は「若手の早期離職」の文脈で持ち出されることが増えてきたように感じる。若手の早期離職の防止策としてキャリア安全性の担保に目が向けられているわけだが、キャリア安全性は若手に限らず、どの世代・職場においても必要だ。なぜなら冒頭のような疑問は特定の世代に閉じたものではなく、人生のステージが変わる度に考えることだからだ。

 確かに「若手の方が自身のキャリアに疑問を持つ機会は多い」とは言えるかもしれない。

 スキルアップを感じにくかったり、学生時代の友人と比較して疑問や焦りを感じたりすることは、仕事への「不慣れ」が引き起こす状態でもある。そうした若手を年長者としてどうフォローしていけばいいのか。昨今の管理職の大きな課題の一つである。

 若者はなぜ3年で辞めるのか――という本が刊行されたのは2006年で、もう20年近く前のことだ。そう考えると、若手の成長支援は延々と語られ続ける答えのない人事課題だともいえる。

 実は新入社員の離職率は2006年当時から大きく変化しておらず、入社3年以内の離職者はここ25年ずっと3割前後で推移している。今年も新卒の退職がすでに話題にもなっているが、すぐ辞めるとか、3年(以内)で辞めるというのは、実は驚きをもって受け止めるようなものではなく、粛々と必要に応じて対策を考えるのがよいということになる。

就職後3年以内の大卒の離職率推移(画像:厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」 PDFより)

 ちなみにこの25年間、私たちの「働く」を取り巻く環境は大きく変化した。大きなくくりだけ抽出しても、氷河期、非正規雇用の増加、ハラスメント対策、育児介護、ワークライフバランス、働き方改革、兼業副業解禁の増加、コロナ禍によるリモートワーク、服装のカジュアル化(脱スーツ)……。

 元号も平成から令和へ。組織の命令が絶対的だった時代から、個人の意思が尊重される時代に変化した。ブラック企業は淘汰されつつあり、いかに働きやすいか、働きがいのある組織かをどの企業も競い合っている。

 こうした変化に対応しながら、売り上げや実績などを積み上げてきたのが現在の管理職世代だ。働いている当事者として「本当にいろいろあったよね」とねぎらい合ってほしいほど、世の中は急激に変化した。生成AIの進化もあり、さらにこの変化のスピードは増していく。それぞれの世代が世の中の激しい変化の影響を受ける中で、結婚や育児、介護、自分の時間の確保やスキルアップなど、自分の人生を築き上げることにも精一杯なのが現実だ。

 そうした自分自身の将来を考えるにあたって、若手以外の層が「この職場で働き続けることは、果たして自分にとって幸せなんだろうか」「この仕事を続けることが、自分にとってよいことなのか」と考えるのはとても自然なことだ。

 そうした意味で、「職場」の重要性は言わずと知れている。マズローの5段階欲求にもある「社会的欲求(所属の欲求)」にもつながるが、今いる場所が自分の居場所として適切かどうかを個人は判断する。適切だと判断すれば、そこで働く選択をする。自分が居続けている場所が、誰かに「適切でない」と判断されるのは悲しいし、居場所が活気づくとうれしいのは自然な感情だ。そうした「職場」でありたいと誰もが思っている。

 「キャリア」を人生の中での職業の連鎖と考える場合、個人がどのようにそれを築き上げるかも大事だが、今いる居場所を魅力的であり続ける努力も、その居場所の一員として必要なのだろうと思う。

 自分自身が「納得」して働くためにも、居場所の活性化は必要なのだ。そしてそれは、管理職や若手といった階層関係なく、一緒になって「いい職場」をつくり上げようという気持ちを擦り合わせることから始まる。

 つい普段の仕事の割り振りの癖で、これは管理職の仕事、これは人事の仕事、と役割分担しがちだが、職場改善は一つの職種や役職でできるものではない。その職場にどんな人たちがいてどう思っているかを確認しながら進めるコツコツした仕事でもある。

 正社員だけでなく、非正規社員、出向社員、時短社員、休職中の社員……など、さまざまな人が職場には関わっている。最近ではアルムナイという退職者も含めて、職場改善を考える動きもある。自分がいる&いた「居場所」が良いものであった、と誰もが思いたいからこれは役割分担で済ませる話ではないのだ。

居場所に必要な要素には3つあると言われている。この観点でみると今の職場はどうだろうか(画像:中村准子・岡田昌毅『企業で働く人の職業生活における心理的居場所感に関する研究』産業・組織心理学研究, Vol.30, No.1, pp.45-58.の内容から筆者作成)

 職場は、バブル世代からZ世代までさまざまな世代が属している特殊な環境だ。まさに十人十色。若手、女性、男性、管理職、学生、各世代、各雇用形態など、それぞれがどのような思いを持ちやすいのかを、このコラムでは示していきながら、個人のキャリアの納得性、さらには自分たちの職場改善について考える材料にしていただきたいと思う。

著者紹介:法政大学キャリアデザイン学部 兼任講師 なかむら アサミ

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法政大学大学院経営学研究科キャリアデザイン学専攻修了。修士(経営学)。

2006年サイボウズに中途入社。人事、広報、ブランディングに従事するほか、チームワークに関する研究や、他企業の研修実績も多数。

著書(共著)に『わがままがチームを強くする』(朝日新聞出版)『サイボウズ流テレワークの教科書』(総合法令出版)。『わたしからはじまる心理的安全性〜リーダーでもメンバーでもできる「働きやすさ」をつくる方法70〜』(翔泳社)

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