高校生になり、米国に短期留学するためにパスポートを取ったとき、はじめて戸籍謄本を見た。本籍欄に「無番地」と記されていた。なぜ無番地なのかと不思議に思い、自分なりに意味を考えた。
「ああ、そういうことか。おれは無番地で生まれた男なんだ」
出国手続をするとき、ほかの生徒は赤い表紙のパスポート、日本のパスポートを持っている。孫が持つのはサイン入国許可証、いわゆる外国人パスポートだ。出国審査の列も違う。そのときにつくづく実感した。
「おれは無番地の外国人なんだ」
これまで「安本」という日本名を使ってきた。学校のクラスでも、ほかの生徒たちと同じ日本語でしゃべり、同じように過ごしてきた。
だが、自分は無資格の人間だったのだ。無番地に生まれて、友達と同じ赤い表紙のパスポートすら持てない。悲しみは深く、疎外感にさいなまれた。孫だけが、隠れるように違う列に並ばざるを得なかった。いっしょに短期留学をするほかの子たちが、「え?」という顔をした。「列を間違えてるんじゃないの」という表情だった。
孫はみんなに理由を説明しなかった。ひどく落ち込んだ。
しかし、米国に着いて、カリフォルニアの青い空を見たとき、すぐに心が晴れた。
「青い空を見上げ、サンフランシスコ空港を出ると、いきなり片側六車線ぐらいの、日本では見たこともない高速道路があるんです。気分は一気に晴れ上がった」
いろんな肌の色の人たちが、同じ言葉をしゃべって、同じ米国市民として、平然と生きている。それを見て、おれはなんとちっぽけな、どうしようもないことをグジグジ悩んでいたのかと悟った。無番地なんかくそ食らえだ。
米国の高く晴れ渡った青空と、司馬遼太郎の『竜馬がゆく』に描かれる坂本龍馬の志は、孫に大きな影響を与えた。
日本に帰ってきて、孫正義という先祖の名前を語るときに、「孫」という先祖からの姓をあえて名乗ることにした。出自や苗字のことで同じように悩んでいる人たち、とりわけ子どもたちに思いを伝えたいと考えたからだ。人にはみな、夢を見る権利があると。そして、自分の無限の可能性に挑戦する意欲を持ってほしい。
「マイナスからの、無番地からのスタートというところが、ぼくにものすごい挑戦意欲というか、エネルギーを与えてくれた。神にものすごく感謝しています。できるだけ若いときに、お金を払ってでも苦労を買うといい。年を取ってからでは、ポキンと折れちゃうかもしれない」
マイナスからの暮らしも子どもにとっては楽しかった。子どもたちが、いっしょにわいわいと力を合わせて魚を捕る。ひとりでは捕れない。網を据える役の子どもがいる。わあわあと声を上げながら水草を足で払い、魚を網の側に追い込む子どもがいる。手分けをして、力を合わせて魚を捕る。
「みんなが同志。チームワークなんです。だから、魚がたくさん捕れたときに楽しい」
一方で、孫は魚釣りがあまり好きではない。釣りは糸を垂れて、魚がかかるのをじっと待つ。全然自分から攻めていけない。
「魚捕りは戦略が立てられる。魚がどのへんにいるかを考えて網を据える。場を読んで、流れを見て、武器を用意して、力を合わせてね。魚の寝込みを襲うとか、いろんなタクティクス(戦略)がある」
水が濁っているほうが魚は捕れる。そして、寒い日の夜がいい。だから、雨の後で寒い夜がいちばんだ。水が濁っていて、寒いし暗いから、魚もじっとしている。そこを突然、バシャバシャと音を立てて追われると、魚はびっくりして逃げまどう。逃げる方向に網を据えて待ち構える。しばらくしたら、川幅の端から端まで網を横断させる。そうすると、もう逃げようがなくなって総捕りできる。
網の目が細かすぎると網がもつれる。それに小さ過ぎる魚は逃がしてやらなきゃいけない。だから、目の少し粗い網で、大きいやつだけをみな捕まえる。
「ある程度以上の獲物を総取りする構えなんですよ。ソフトバンク・ビジョン・ファンドでもなんでも、全部それに通じてる」
近くに貯水池があって、釣りをする人たちがいた。川にも釣り人がいたが、孫たちは釣りをばかにしていた。一日かけて、いったいどれだけ釣れるのかと。
「川に入って総捕りだ。網を横断させて総捕りだ。ぼくらは、はるかにたくさん捕った。毎日、じいちゃんが食いきれないぐらい。そのときの体験のまま、その延長なんです」
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