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【定額減税】人事に必要な対応は? 住民税・所得税別にポイントを徹底解説連載「情報戦を制す人事」

» 2024年05月29日 14時15分 公開
[眞柴亮ITmedia]

 住民税・所得税から定額を減税する「定額減税」が2024年6月に、いよいよ始まります。これは2023年10月に岸田首相の所信表明演説で、また11月にはデフレ完全脱却のための総合経済政策で表明されたものです。

 定額減税は、住民税と所得税に分けて実施されますが、所得や扶養親族の人数によって減税額や必要な事務手続きが異なるため、定額減税制度に対応する企業においては、複雑な減税事務を正確かつ迅速に行う必要があります。

 本記事では、定額減税の開始に当たり、企業が把握しておくべき住民税・所得税、それぞれの減税事務の概要と注意すべきポイントについてご紹介します。

【住民税の定額減税】必要な対応は?

 毎年5月中旬から6月初旬にかけて各市区町村から送付される住民税特別徴収額決定通知書の金額に基いて、事業主(給与支払者)は毎月、従業員(納税義務者)に支払う給与から住民税を天引きし、各市区町村に納入する「特別徴収」を行っています。

 2024年は定額減税が実施されますが、定額減税を実施済みの通知書が各市区町村から送付されるため、事業主は例年と同様に住民税特別徴収額決定通知書に記載されている金額の通り毎月の徴収を行います

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 そのため、導入している給与システムで「2024年6月から2025年5月までの徴収額を登録する」あるいは「毎月の給与計算時に当月の特別徴収税額を登録する」といった業務をすることになりますが、定額減税を実施する本年ならではの注意点があります。

【住民税の定額減税】注意すべきポイント

(1)定額減税対象者と非対象者で2024年6月の徴収額が例年と異なるため、チェック工数が多くかかる可能性がある

 定額減税の対象者は2023年中の所得に応じて決められ、特別徴収する金額も従業員ごとに異なります。そのため、システムへ徴収額を登録する際のチェックや、6月・7月の給与計算では、実際に徴収する金額チェックに工数がかかることが想定されます。

定額減税制度の対象者

 2024年6月は徴収額0円。2024年7月から2025年5月は年額を11で割った金額を徴収する。

定額減税制度の非対象者

 例年通り、2024年6月から2025年5月にかけて年額を12で割った金額を徴収する。

 住民税額は前年の所得に応じて決まります。そのため、前年の所得額を確認し、非対象者に該当する可能性がある従業員をあらかじめリスト化し、システム登録やチェックの工程を対象者と分けておくといった対策が有効です。

(2)定額減税制度開始について、従業員への周知を徹底する必要がある

 定額減税の対象者が給与から特別徴収される住民税は、定額減税によって6月が0円となります。そのため、制度を理解していない従業員からは「計算間違いなのではないか」と問い合わせが発生する可能性があります。

 加えて、2024年6月の特別徴収額0円の次に7月から徴収が始まる際も「6月と同じ0円ではないのか」といった問合せが発生することも考えられます。問い合わせ対応業務の負担を減らすために、定額減税制度について従業員に正しい認識を持ってもらうことが重要です。従業員向けの定額減税説明資料を作成し、周知するといった対策が必要になります。

(3)6月の住民税額をシステムに登録する際の注意

 総務省のQ&Aでは、6月の特別徴収額を0円にするに当たり、表記は「空欄」「0」「ー」など、各市町村が自由に選択して良いとされています。従業員が居住するさまざまな市区町村から通知書が送付されてくるため、形式がバラバラである可能性があり、複数人数でシステム登録を行う場合には作業者間で特別徴収額の表記について、情報共有しておくことが必要です。

 住民税はほとんどの従業員が課税対象のため、システム登録を複数人数で分担して行う事業主も多いでしょう。給与計算をアウトソーシング受託している企業や社労士・税理士事務所等では6月に12カ月分を一斉に登録するために、一時的にアルバイトを雇ったり派遣社員を受け入れる場合もあります。

 あらかじめ通知書の形式が複数パターンあることを作業者間で情報共有しておきましょう。

参考:総務省「個人住民税の定額減税(案)に係るQ&A集」(参考:PDF

【所得税の定額減税】何をする?

 所得税の減税においては、2024年6月に暫定的に減税額を決定し、毎月の給与などの所得税から減税を行う「月次減税」と、年末調整の際に年末調整時点の減税額を決定し、年間の所得税額との精算を行う「年調減税」があります。6月から12月まで、継続的に減税事務に対応する必要があるのです。

 対象の従業員ごとに異なる減税額を控除することに加え、控除残額を従業員ごとに保持・管理し、給与賞与明細・源泉徴収票への減税額記載を行うなど、企業は複雑な減税事務に対応することが求められます。作業負担や作業ミスへのリカバリー、従業員からの問い合わせ対応に関して膨大な工数がかかることを想定しておくべきでしょう。

【所得税の定額減税】対応方法は?

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 対象者の特定、減税額に加算するための扶養家族の把握、月次減税の事務の3つに分けて記載します。

(1)定額減税対象者となる従業員の特定

 6月からの「月次減税」では従業員の収入に関係なく、6月1日時点で国内に居住している甲欄適用者である従業員が減税の対象となります。

 甲欄対象者であることは、基本的には入社時や前年の年末調整時に扶養控除等申告書を提出していることをもって甲欄適用者であるとみなせるでしょう。しかし、甲欄適用者ではなくても申告書を提出している(申告書右上の「従たる給与」の欄に丸がついている)可能性もあります。念のためのチェックは必要でしょう。

(2)対象者の減税額に加算するための扶養家族の把握

 対象者に2024年6月1日時点で国内居住している扶養家族がいる場合、対象者の所得税の定額減税額が1人当たり3万円加算されます。

 月次減税では対象者本人には関しての収入要件はありませんが、扶養家族に関しては2024年の見積もり所得が48万円以下(収入が給与のみであれば見積もり年収が103万円以下)という条件があるため、扶養控除等申告書に記載された情報の確認が必要です。

photo 国税庁『令和6年分扶養控除等(異動)申告書』(参考:PDF)を基にWorks Human Intelligenceが作成

 また、定額減税については16歳未満の年少扶養親族も加算対象に含まれます。

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(3)月次減税額と未済残額の管理

 月次減税の事務では6月1日時点の従業員本人と扶養家族の人数合計に3万円をかけた「月次減税額」を定め、6月1日以降に支給する給与や賞与などで源泉徴収する際に、月次減税額を可能な限り利用して税額控除を行い、その支払い時の源泉徴収額を計算します。

 1人分を時系列が分かる図で表せば以下のようになりますが、実際には全ての従業員に対して月次減税額を定め、毎月残額管理を行います。

photo 定額減税特設サイト「定額減税のしかた」p.7より引用(参考:PDF

【所得税の定額減税】注意するポイント

(1)対象者には月次減税を必ず行わなければならない

 月次減税は法定業務のため対象者には必ず行う必要があります。2024年の年収が2000万円を超えるため確定申告時に定額減税の対象者ではないとされる従業員に関しても、本人の希望によらず月次減税を行います

 また「年末調整時に定額減税の対象であるかや定額減税額を再度定めるのだから月次減税は行わない」としてしまうと、今回の定額減税を含めた所得税法に違反します。その他にも、労働基準法第24条の「全額払いの原則」に違反する可能性もあります。

(2)6月に定めた月次減税額は変化しない

 6月1日を基準日として決定した月次減税額は、その後の家族の出生や出国、離職、転職などによる見込み年収の変化があっても変更しません。

 このような家族数の変化は、上述の通り月次減税におては仮計算です。年末調整をするに当たって最終的な定額減税額を定める際に、あらためて考慮します。

 なお、扶養家族が死亡した場合、年内の扶養数は変更しません。

(3)月次減税を行うかは支給日を基準に考える

 月次減税の実施は「いつ計算を行うか」「何月分の給与なのか」によらず支給日を基準に考えます。

 例えば5月中に計算して6月初旬に賞与を支給する場合は、支給日が6月1日以降なので月次減税を行います。計算中では本人や扶養家族の正確な情報が確定していませんが、これは年末調整で12月末日時点の情報が未確定でも見込みで行っているのと同様に、6月1日時点の見込みで考えます。

 その他の例としては、4月の昇給差額を6月に支給する場合は支給が6月1日以降なので月次減税を行います。10月分の昇給差額を2025年1月に支給する場合は、差額分は2025年の収入と見なすため月次減税は行いません(所得税の定額減税は2024年中の収入に対する制度のため)。

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(4)転職者に関する源泉徴収票の記載

 年内に転職する社員が出た場合、転職先の事業者では月次減税は行わず、年末調整時の定額減税のみを行います。前述の通り月次減税は仮計算で最終的には年末調整で定額減税を確定するため、事業者間での引継ぎを行わなくても良いようにすることで事務負担が軽くなるようになっています。

 従って、転職前の事業者では従業員の退職に発行する源泉徴収票には月次減税の結果を記載する必要はありません。源泉徴収税額欄に、算出所得税額から月次減税額を除いた後の、実際に源泉徴収した額を記載します。

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(5)手取り額の増減に関する従業員への周知

 定額減税の対象者はいわゆる「手取り」である差引支給額が次のように変化します。

  • 5月給与に比べて6月の住民税額と所得税額が減少
  • 6月給与に比べて7月給与の住民税額が増加
  • 所得税で定額減税が上限まで行われた月、または翌月に税額が増加

 はじめは減税効果により手取りが増加するのですが、減税効果が切れた月から手取り額が減少します。給与明細の差引支給額や銀行口座の振込額を見た従業員から、問い合わせが発生することも想定しておきましょう。

 単身者や共働きで子どものいない夫婦、扶養家族の人数などによる複数のケースを想定した説明資料を作成して参照しやすい場所に設置したり、チャットbotシステムに想定問答やQ&Aを作成しておいたり、といった対応ができると良いでしょう。

その他

 住民税非課税世帯等の収入が低い場合には給付が行われますが、その受給状況や給付額を勘案する必要はありません。

まとめ

photo (提供:ゲッティイメージズ)

 ここまでの前編では、6月から関係する住民税および所得税の月次減税について解説しました。

 住民税は制度の理解は必要ですが、実務としては市区町村からの特別徴収額決定通知書を基にできることがご理解いただけたと思います。

 一方で、所得税の月次減税については対象者となる従業員ごとに本人や扶養家族の国内居住や見込み年収の確認をし、月次減税額を計算後に毎月の給与・賞与の支払ごとに残額管理をする複雑さと業務負担が重く、入念な準備と毎月の確認が必要です。

著者プロフィール

眞柴 亮 株式会社Works Human Intelligence WHI総研

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2006年、Works Human Intelligenceの前身である株式会社ワークスアプリケーションズに入社後、通勤手当や寮社宅等福利厚生を専門に、大手法人の制度コンサルおよびシステム導入を担当。

2019年、2020年と子会社の人事給与BPOベンダーである株式会社ワークスビジネスサービスに出向。受託業務の効率化や品質改善に携わるほか、複数顧客に対し人事関連業務のBPRを実施。

出向復帰後は顧客教育部門であるWorks Business Collegeを経て現職。「社員定着率」「生産性向上」を2大テーマに、付随する人事テーマを含めて研究・発信活動を行っている。

株式会社Works Human Intelligence

大手法人向け統合人事システム「COMPANY」の開発・販売・サポートの他、HR 関連サービスの提供を行う。COMPANYは、人事管理、給与計算、勤怠管理、タレントマネジメント等人事にまつわる業務領域を広くカバー。約1,200法人グループへの導入実績を持つ。

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