及川: とはいえ、1年前に八巻さんから話を伺う機会があったのですが、そのときは少し不安そうなところもありましたよね。しかし、今の話を聞くと、事業を自由に行えているように感じます。これも「想定外」でしたか?
八巻: 確かに、想定外でしたね(笑)。仕事はあまり変わらないですし、なにより三菱の上層部の方は素晴らしく優秀な方々ばかりで、その人々がビジョンを持って動いていらっしゃる。そのため、新しいことをするにもこちらも非常に動きやすいですし、うまく私たちがはまれば、世の中が大きく動く可能性があると感じます。
及川: このM&Aで銀行側のフロントだった人はまだカンムさんとやりとりしているのですか。
八巻: はい。現在はカンムの取締役をしていただいています。
及川: そうなんですね。御社の取締役会の構成も変わったと思いますが、何か変化はありましたか。
八巻: 大きくはないです。取締役として入ってもらった方には、「スタートアップならではの良さを失われないように」と言ってもらえている状況です。MUFGグループとしてもスタートアップとの関係において、リスク・コンプラ周りをどのように許容していくのかを相当議論していただいていると聞いています。この他、変化としてあったことは、予算の達成具合については、それまでよりしっかりとチェックするようになりましたね。
及川: 今回のグループインによって、八巻さんの時間の使い方は変わりましたか。より業務に時間をさくことができるようになったとか。
八巻: あまり変わってないですね。資金調達や株主に割いていた時間を、「三菱の人と仲良くする」という時間に置き換えたともいえるかもしれません。
及川: 三菱の方々と相当仲良くなったと思いますが、IPOへの意欲に対しては何か変化はないですか。
八巻: 既定路線通り、IPOに向けて動いています。最初からIPO前提で交渉しました。あくまで、M&AはIPOに向けた通過点であり、さらなる成長を遂げるための一歩だと思っています。
――(国内の対象法人などが、オープンイノベーションを目的としてスタートアップ企業の株式を取得する場合、取得価額の25%を課税所得から控除できる)オープンイノベーション促進税制については、意識していますか。
八巻: していないですね。ただ、M&Aをする会社にはプラスになるのではないでしょうか。ただ懸念しているのは、そこまでM&Aに慣れていない会社が節税のために(会社を)買うというパターンです。
及川: そうですよね。
八巻: 買ってみたものの、減損が怖いから予算をがちがちに固めてしまい、スタートアップが苦しむという可能性もあります。
及川: それもありますよね。ところで、国の「スタートアップ育成5か年計画」についてはどう見ていますか。
八巻: スタートアップの成長に資するM&Aを後押ししたい意図は伝わっています。一方で、日本の大企業側が「まだ本気になっていない」、あるいは「本気の出し方が分からない」という見方をしています。大企業の上層部は危機感を持っているので(スタートアップの育成や提携を)どんどんやっていきたいけれど、それをできる人が社内に育っていない状態のようなので、個人的な考えとしては、まずは「育成できる人を育てる」のが先に立つべきだと思います。もちろん「育成できる人」とは、多くの挑戦や失敗を経て育つものでもあるので、時間はかかるでしょうね。
及川: M&Aも成功率は2、3割だといわれています。やり続けないとなかなかうまくならないので、失敗をしながらやり続けていく会社でないとなかなか結果は出ないかもしれません。
八巻: 社内にスタートアップ経験者の人材を増やすにしても、大企業にとっては、解雇規制が重すぎることがかなりネックになっているのでしょう。人の流動性が高まることは重要だと思います。
及川: 同様に、オープンイノベーションも事業会社は「本気になっていない」と言えますか?
八巻: はい。これも、オープンイノベーションをしたいのは上層部だけで、推進する担当者レベルの人々は忙しすぎて手が回らないという状況があります。だから、「スタートアップさんがんばってね」という話になりがちなのですが、スタートアップはスタートアップで大企業のなかに入っていくという動きをしないと社内の力学が分からないものです。私はMUFGにグループインしてから、1年で50人以上の要職者とコミュニケーションを取ることでいろいろなことが見えてきました。それくらい入り込んでいかないと、互いがマッチした何かを生むことはできないだろうと思っています。そういう意味では、がっつりと資本提携するという選択肢はアリでしょうね。
及川: 八巻さんはそうやって資本提携先とのコミュニケーションに自分のリソースを使っていますが、それっていつどんなリターンになって返ってくるか分からない投資のようなものですよね。そこでリターンを出すことは、新規事業より難しくないですか?
八巻: それはその通りなんですが、これは事業規模の桁を変えていく投資なのだと思っています。新規事業をたくさん作ったり、他社をM&Aしたりしても、スタートアップだと大した金額にならないじゃないですか。やはり事業規模を大きくするならもっと大きなリソースを引っ張ってくるという動きが一番手っ取り早いはずで、例えば三菱から予算や人材というリソースをいただけたら非常に大きなリターンになります。ですから、私にとっては資金調達と同じような感覚ですね。
及川: なるほど、そういう考え方なのですね。
八巻: それに、IPOしたとしても機関投資家との関係性は大切ですから、コミュニケーションは必要です。三菱からは「当社のIPOに向けてサポートする」と言っていただいているので、当社としてはIPOを目指してまい進したいと思います。
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