CxO Insights

MUFG傘下入りでつかんだシナジーとは? フィンテックベンチャーに聞くスタートアップの突破口(1/2 ページ)

» 2024年07月01日 08時00分 公開
[及川厚博ITmedia]

【注目】ITmedia デジタル戦略EXPO 2024夏 開催決定!

生成AIでデジタル戦略はこう変わる AI研究者が語る「一歩先の未来」

【開催期間】2024年7月9日(火)〜7月28日(日)

【視聴】無料

【視聴方法】こちらより事前登録

【概要】元・東京大学松尾研究室、今井翔太氏が登壇。
生成AIは人類史上最大級の技術革命である。ただし現状、生成AI技術のあまりの発展の速さは、むしろ企業での活用を妨げている感すらある。AI研究者の視点から語る、生成AI×デジタル戦略の未来とは――。

 M&Aと資金調達のマッチングプラットフォームを運営するM&Aクラウド(東京都千代田区)の及川厚博CEOが、スタートアップや事業会社・CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)のリアルな声を伝え、オープンイノベーションのヒントを見いだしていく連載「スタートアップの突破口」。

 5回目はカンム代表取締役社長 執行役員CEOの八巻渉氏に話を聞いた。

 2011年に創業し、2016年にスマホでチャージと支払いが完結するVisaプリペイドカード「バンドルカード」を軸に急成長したフィンテックスタートアップがカンムだ。2023年に三菱UFJ銀行とのM&AによってMUFGにグループインし、スイングバイIPO(M&Aで大手企業にグループインし、成長したあとにIPOを目指すこと)に向けて歩みを進めている。

 メガバンクの支援を受けて、さらなる成長を遂げようとする同社。M&Aの先にIPOという目標を持つことで、事業会社とスタートアップはどのような動きを見せるのか。八巻氏へのインタビューから、スイングバイIPOのリアルが見えてきた――。

カンム代表取締役社長 執行役員CEOの八巻渉氏(左)とM&Aクラウドの及川厚博CEO

頻繁な「事業維持のための資金調達」を、フリークアウト入りで安定化

及川厚博氏(以下、及川): 御社は2023年に三菱UFJ銀行(以下、三菱)にM&AされてMUFGにグループインしましたが、2018年にフリークアウト・ホールディングス(以下、フリークアウト)と包括的資本業務提携をしていた経緯があります。かつての株主との間にはどのような協業やシナジーがあったのですか。

八巻渉氏(以下、八巻): そもそも、フリークアウトとの資本提携は、私たちが「事業に集中したい」という目的を達成するためのものでした。プリペイドカード事業を行うためには資金決済法の前払式支払手段(第三者型)の登録が必要なのですが、これには純資産1億円以上を維持しなくてはならないという財務要件があります。つまり、借入ではなく株主資本で常に1億円が必要だったので、これを維持するために1年の半分は資金調達に動いていました。そのため、個人的にも事業に集中できなくなっていたんです。

及川: まずはシナジーというより、資本提携そのものが重要だったのですね。

八巻: そうなんです。そんなころ、出資元の一つだったフリークアウトの佐藤裕介さん(現STORES 代表取締役社長)が、一括で出資してくださるという話になりました。

及川: その後のシナジーについてお聞かせください。

八巻: 事業シナジーは2つあり、一つは広告宣伝活動です。当時は現在よりも会社の規模も小さかったため、広告代理店側の与信が通らず、広告を出せないこともしばしばありました。そこで、フリークアウトに広告宣伝活動のサポートをしてもらうことで、広告出稿を可能にしていました。もう一つのシナジーは、人的サポートです。例えば、当社にはマーケティングの担当者がいなかったので、アプリマーケティングの経験者をフリークアウトから出向してもらうことができました。

及川: 御社が持っているデータやネットワークをフリークアウトが活用するということはなかったのですか。

八巻: そういう話もありましたが、プライバシー規制が厳しくなったことや、アドテクの盛り上がりが一巡したこともあり、実現はしませんでしたね。

及川: 2020年にはセブン銀行と資本業務提携をしています。こちらはどのような経緯だったのですか。

八巻: もともとプリペイドカードをATMでチャージする機能において事業提携していました。そこから資本業務提携の話になり、会話を続ける中、「セブン銀行後払いサービス」の提供をしていただくという提携が実現いたしました。

及川: 今もセブン銀行との資本業務提携については続いていますよね。さて、三菱とのM&Aでは、既存株主が保有するカンムの株式の約7割を約160億円で取得する契約となりました。大株主が変更になった形ですが、なにかきっかけはありましたか。

八巻: 私たちがIPOを準備する中で、よりシナジーを期待できる企業にマジョリティーを持っていただく必要が見えてきたことなどがあります。そんななかで、三菱からの話があり、進めていくことになりました。

及川: さまざまな要因が重なったのですね。

三菱UFJ銀行とカンム、それぞれの狙い

及川: そうしてMUFGグループに入ることになりますが、カンムにとってのこのM&Aはどんなメリットがあると考えていましたか。

八巻: 当社の事業は潤沢な資金が必要であるため、大きなバックファイナンスを支援していただける会社が株主であれば安心感が高まるというのが最大のメリットでした。また、私たちが金融事業を営み、拡大する過程では、金融庁あるいは世の中とのコミュニケーションが必要になります。そのときに、MUFGというグループの一員であるということが意味を持つと考えていました。

及川: なるほど。他方、御社がグループ入りすることは三菱側にどんなメリットがあったのでしょうか。

八巻: まず、マイナス金利の解除がいずれ起きるという背景もあり、いま銀行自体が大きく変わりつつあります。すでに新規口座数は、ネット銀行がリアル銀行を超える状況になっているなど、さまざまな要因からメガバンクも危機感を感じており、新たな収益モデルを見いだす戦略を描いています。そうした環境下で、スタートアップと一緒にやっていきたいという思いを強く持っていらっしゃったところ、ちょうど私たちがマッチしたのではないかなと思います。

及川: MUFGにグループインすることで、ガバナンスの強化が必要であるなど、御社の環境の変化はありますか。

八巻: ガバナンスやセキュリティ関係は相応のレベルを求められますが、クリティカルなものかというとそうではなさそうです。今後の懸念点としては、銀行のグループ会社の場合、新規事業を始めるときは一定の手続きが必要であるため、リードタイムが長くなる可能性があるという点でしょうか。

1年かけて「仲良くなる」ことに注力

及川: MUFGへのグループ入りから1年経ちますが、どのようなことをやってきましたか。

八巻: 仲良くなる時期でしたね(笑)。まずやったことは、超大企業の力学を学ぶことでした。例えば、今まで大企業のカード会社とやりとりすることは多かったのでなんとなくの大企業の力学は分かっていたつもりだったのですが、三菱は関係する人や部署の数がその比じゃなく。感覚的には5倍から10倍の人とやりとりしている気がします。もちろんプロジェクトにもよるのですが、見ている観点が膨大で、その観点をインストールするのに時間がかかりました。なお非常に優秀な人ばかりなのでそれで問題になることは少ないのですが、思考の幅は求められている気がします。

及川: 仲良くなることも非常に重要な仕事なのですね。

八巻: そうなんです。ちょうど次期中期経営計画を練っているタイミングで、この1年で何かをやるというのが私たちにとっても難しい時期でもあったため、仲良くなることにリソースを割きました。

及川: 社内の状況の把握と、タイミングを見計らう1年だったと。では今年度から動いていくということですね。

八巻: そうですね。予算が付いたものは動きやすくなりましたし、準備もできました。私も隔週で三菱に顔を出しています。

及川: 資本関係があるからできるようになったこともあるのではないですか。

八巻: 確かにそれもあります。直近では当社も事業の多角化を目指して、買い手側としてM&Aも検討しているため、三菱からは「今後、カンムがM&Aしたい会社はあるか」と聞いていただくなど、銀行業ならではのM&A支援もしていただけそうです。当社としても、自社のキャッシュもありますが、三菱の戦略を助けられるようなM&Aを設計して、買わせていただくということはやっていけたらと思っています。

 また、グループ入りしたことによる変化と言えば、知名度が上がって採用しやすくなりました。

及川: メガバンクにグループ入りしたことが、効果的だったということなんですね!

八巻: そうなんですよ。スタートアップを選ぶ人たちからは忌避されるんじゃないかと心配したのですが、ふたを開けてみれば知名度が高まったことで応募が増えまして。事業を任せられるような人材が数多く入ってくれて、権限移譲を進めることができました。結果的に、私は事業を直接見ないようになり、新しいことができるように変化しました。

及川: 知名度が高まったというのは、どういう業界に対する知名度でしょうか。

八巻: FinTech領域での知名度ですね。また、「こういうM&Aは珍しい」と注目してくれた経営に近いレイヤーの人からの知名度が高まったという認識です。

       1|2 次のページへ

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.