新時代セールスの教科書

「迷惑かけないでね」 直販タブーのテレビ業界でインサイドセールス発足、メ〜テレはどうやって成果を出した急成長のカギ「インサイドセールス」〜テクノロジーで差をつけろ〜

» 2024年07月01日 08時30分 公開
[熊谷紗希ITmedia]

 「テレビ局で直販なんてほとんどやったことがないよ」──2022年5月、名古屋テレビ放送(以下、メ〜テレ)の伊藤理さん(ビジネス推進局 セールスソリューション部 主事)がインサイドセールスチームを立ち上げた際に、社内の営業経験者から言われたセリフだ。

 この発言はテレビ業界の特殊な商慣習を表している。同業界では、テレビ局は質の高いコンテンツを製作し、広告会社がCMを売るという役割分担が根付いていた。そのため、広告会社を介さない直販はタブー視されていた。

テレビ業界の特殊な商慣習から、これまで直販は積極的に行われてこなかった(画像:ゲッティイメージズより)

 テレビがお茶の間の主役だった時代はそれで問題なかった。しかし、現代は娯楽が多く溢(あふ)れ、テレビはYouTubeやストリーミングサービス、SNSなどと消費者の時間を奪い合う状況だ。

 テレビの視聴率が下がると、CMの売り上げにも影響する。テレビを取り巻く環境の変化を踏まえて、メ〜テレは2019年ごろからCM以外の広告商材の開発に注力してきたが、当時はなかなか芽が出なかった。

 「創業以来、広告会社経由でCMを売るという確立されたビジネスモデルでうまくいってきました。もっと言えば、私たちはそこにあぐらをかいていた。そのため、CMを売る以外に目が向きにくかったのかもしれません」(伊藤さん)

 当時、伊藤さんは番組制作を経て、2019年に東京支社に異動。営業部の企画戦略チームに所属しながら、CM以外の稼ぎ口探しに取り組んだ。当初は、CM出稿してくれた場合にはタクシーサイネージを付けるといった「オマケ作戦」などを実行していたが、CMと全く関連しない商材を売るところまではたどり着かなかった。このままではじり貧になると感じていたという。

 手弁当でビジネスセミナーを主催してリードを獲得したことをきかっけに、その場しのぎではない根本的な改善の必要性を実感し、2022年5月に社内のチャレンジ制度としてインサイドセールス組織を立ち上げた。社内のメンバーはたったの3人だった。

 社内では懐疑的な意見もあったが、伊藤さんたちは9月に既存の営業が苦戦していた「高校生ダンスバトル選手権」への協賛契約を勝ち取ってきた。

 この出来事を皮切りに、インサイドセールスチームは頭角を現すように。初年度で売上目標102%を達成し、翌年2023年度は倍増した予算に対して113%を達成した。2年間で成約率を25%にまで引き上げた。

 どのように、社内の懐疑的な反応や商慣習上のタブーを乗り越え、成果を出し続けているのか?

メ〜テレ ビジネス推進局 セールスソリューション部 主事 伊藤理さん。インサイドセールスチームでは「メ〜テレ for Business」を運営している。

「迷惑かけないでね」 直販タブーのテレビ業界でどう成果を出した?

 華々しいスタートを切ったように見えるインサイドセールスチームだが、その裏側はかなり泥臭い。

 「高校生ダンスバトルへの協賛は、過去に高校生関連のイベントなどにスポンサーしている企業をリストアップして、そのあとはひたすら電話営業しました」(伊藤さん)

 高校生を対象に求人を出している企業やダンス学科を持つ学校、過去のイベント協賛実例を元に合計で約300社リストアップし、最終的に4件の成約を獲得した。その他にも、各社のプレスリリースから出稿ニーズがありそうな企業に架電して成約につなげたこともあった。

 初年度から上々の滑り出しだが、当時の社内の反応について伊藤さんは「あまり手ごたえは感じられなかった」と振り返る。

 メ〜テレが運営するWebメディアやイベント協賛などはCM出稿の単価や売上額と比べると少額だったため、非効率に映ったようだ。営業からは「伊藤がまたなんかやっているよ……」「迷惑かけないでね」といったリアクションもあったという。

初年度から上々の滑り出しだったが、社内の手ごたえはそこまでなかったと伊藤さんは振り返る

 転換点は2024年1月に訪れた。金額が大きいCMの出稿がインサイドセールス経由で決まったのだ。

 「インサイドセールス用の営業資料として、テレビCMのハウツーをWebで公開していました。クライアントがそれを見て、テレビ局とCMについて直接話したいと問い合わせてくださったのがきっかけです」(伊藤さん)

 九州地方のクライアントということで、営業と広告会社と連携しながら進めた。大きな成約だったため、営業の中でインサイドセールスの存在感が一気に増した。

 もともとCM枠は広告会社を経由して売るのが一般的で、インサイドセールスチームはそれ以外の広告商材を扱っていた。今回、大型のCM案件を取れたわけだが、問題なかったのか。

 伊藤さんは「われわれが扱っている広告商材の提案先は、事前に営業に『広告会社が宣伝を担当している企業ではないかどうか』を確認してもらっています。そもそもわれわれが提案している企業はCM出稿していない企業が多いため、あまりNGをもらうことはないですが、広告会社と共存するために工夫して動いています」と、対策を話す。

営業につないで「終わり」ではない アポからクロージングまでやりきる

 テレビ局内にインサイドセールスチームがあるのが非常にユニークだが、メ〜テレのインサイドセールスはそれだけではない。分業せずに、時にはクロージングまで請け負うのだ。

 「最初は人がいなかったので『やらざるを得なかった』だけです(笑)。ただ、直接顧客の課題を知ることで顧客理解が増し、それによって売れる商材が分かってきたり、市場ニーズに合った協賛のメニュー価格設定ができるようになったりと、目利き力がつきました」(伊藤さん)

 また月に1度、グループ連携セールス会議を開催しているという。そこで、メ〜テレグループ各社のアセットや商材を把握し、さまざまな提案に生かしている。その結果、Sansanと組んだ「Samurai DX 〜戦国武将に学ぶ経営術〜」というオンラインイベントや、全国学生対抗SFプロトタイピングハッカソン「Electric Sheep」といった新商材の開発にもつながった。

「Samurai DX 〜戦国武将に学ぶ経営術〜」

 CM以外の広告商材を数多く生み出し、テレビ局の可能性を証明してきた伊藤さんだが、2024年のチャレンジについてはどう考えているのか。

 「売れる商材や売り方が分かってきたので、セールスイネーブルメントに取り組んでいきたいです」と力を込める。

 伊藤さんによると、インサイドセールスの肝は「潜在ニーズを顕在化させる営業スキル」と「グループ会社を巻き込んだ複合的なソリューション提案力」の掛け算だという。この2つのスキルを言語化し、会社全体に広げていくことで、よりメ〜テレの営業力を高めていく。

ローカルテレビ局には「追い風」 テレビオワコンは思い込み

 伊藤さんは最後に、個人の見解と断った上で、自身の経験を踏まえて「今のビジネスモデルに頼っていれば、ローカルテレビ局の経営が厳しくなるのは想像に難くないです。しかし、ビジネスチャンスはあります」と可能性を示唆した。

 これまでテレビCMに出稿してきたのは、主要都市の大企業や地元の大手企業が中心だった。ローカル局が、キー局相手に限られた出稿主を勝ち取っていくのは難しい。しかし、ここ数年のデジタル化の波により、さまざまな商材やサービスが生まれた。特に、商圏を選ばないECビジネスは激増している。

 日本全国がターゲットとなり得るECビジネスが地方テレビでCMを流すことで、認知向上や新規顧客の獲得が見込めるのではないか、と伊藤さんは見ている。

 「確かに主要商品であるCMは落ち込み傾向にありますが、テレビ局がこれまで培ってきたコンテンツ制作力があればCM以外の新商材もきっと売れると思います。これまでインサイドセールスができなかったのは、商慣習もありますが、CRMやMAなどのツールがなかったからです。DXによってそこのハードルはかなり下がりました。少ない人数で始めていけます。ローカルテレビ局に、この可能性が伝わってほしいです」(伊藤さん)

 テレビを取り巻く環境はテクノロジーという台風に包まれ、急激で大きな変化を余儀なくされた。暴風雨の中で行動を起こすのは難しいが、インサイドセールスはローカル局にとって“台風の目”になるのかもしれない。

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