銀行の「手数料引き下げ合戦」は起こる? 三井住友銀は最大“約30%減”、背景には何が古田拓也「今さら聞けないお金とビジネス」(2/2 ページ)

» 2024年07月12日 07時00分 公開
[古田拓也ITmedia]
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証券で勃発した「手数料引き下げ合戦」は銀行各社にも?

 手数料引き下げ合戦は今後も激化するだろう。すでに、みずほ銀行は取引状況に応じてインターネットバンキングの他行宛振込手数料を無料にするなど、顧客にとって魅力的な条件を提示するようになっている。

 さらに、ネット銀行も手数料を大幅に引き下げ、PayPay銀行や住信SBIネット銀行ではついに振込手数料が100円以下となるケースも出ている。銀行業界における「手数料競争」はもう始まっているのだ。

 この動きは、実は2010年代後半から証券業界で発生していた現象に似ている。証券口座を獲得するために株式取引手数料を引き下げた末、ネット証券を中心に相次いで売買手数料ゼロを打ち出すようになった。

 その結果、証券会社は単に「手数料ビジネス」というへの依存から脱却し、運用やIPOの引き受け、フィンテック・ライフプランサポートといった収益源の多角化によって「売買手数料ゼロ」が半ば当たり前になりつつある時代を乗り切ろうとしている。

 この流れをくむとすれば、近く銀行ビジネスについても、同じような手数料引き下げ合戦が激化する可能性があるといえよう。日本の金利は長期間にわたって超低金利状態で、銀行側が有利な構造であったが、今度は預金者側が有利な展開に変わっていくことが考えられる。

photo 手数料の引き下げ合戦は、銀行各社で広がる可能性がある(提供:ゲッティイメージズ)

“時代の寵児”セブン銀行への逆風

 そう考えた時に、ゼロ金利政策の中で成長してきた新興銀行にとっては、この展開が逆風になりうる。

 例えば、セブン銀行も逆風を受けうる銀行の一つだろう。同社はマイナス金利時代の中でも高収益を確保したとして経営学の分野でも取り沙汰され、いわば“時代の寵(ちょう)児”として活躍した金融機関だ。

 同社のビジネスモデルの特徴を端的に表現するなら「誰もセブン銀行の口座なんて持ってないのに、なぜかもうかっている」ということになる。コンビニエンスストアを活用したATMネットワークの展開により、他行口座を持っている人に対して「セブン銀行ATMの手数料収入」を徴収し、高い利益率を実現した。

 そんなセブン銀行も近年では預金口座獲得にも目を向けているという。金利が高くなり、利ザヤが確保できるようになれば、顧客の預金がその銀行の戦闘力となるからだ。

 ATMに根差したビジネスモデルは盤石であり、今後セブン銀行の経営が傾く可能性は低い。しかし、本来の銀行業務が息を吹き返してくると、相対的にセブン銀行のような一風変わったビジネスモデルは目立ちにくくなり、競争力を低下させてしまう可能性は否定できない。

 同様に、UI/UXや利ザヤとは別の観点で強みを引き出そうとしてきた新興銀行も相対的に不利になってくると見られる。金利が上昇すると、他の銀行、ネット銀行なども振込手数料を引き下げたり利息を上げたりし、新興銀行の魅力が相対的に低下するリスクがありそうだ。

 三井住友銀行の振込手数料引き下げは、日本の金利環境の変化や半導体投資の増加、そして円安による輸出産業の旺盛な資金需要というマクロの影響を見越した戦略的な決定であると考えられる。

 「金利のない世界」から再び「金利のある世界」に転換していく中で、伝統的な銀行も、ネット銀行も、新興銀行も、それぞれが収益モデルの再構築に迫られ、業界に変化が生じる可能性がある。

筆者プロフィール:古田拓也 カンバンクラウドCEO

1級FP技能士・FP技能士センター正会員。中央大学卒業後、フィンテックベンチャーにて証券会社の設立や事業会社向けサービス構築を手がけたのち、2022年4月に広告枠のマーケットプレイスを展開するカンバンクラウド株式会社を設立。CEOとしてビジネスモデル構築や財務等を手がける。Xはこちら


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