「あの商品はどうして人気?」「あのブームはなぜ起きた?」その裏側にはユーザーの心を掴む仕掛けがある──。この連載では、アプリやサービスのユーザー体験(UX)を考える専門家、グッドパッチのUXデザイナーが今話題のサービスやプロダクトをUXの視点で解説。マーケティングにも生きる、UXの心得をお届けします。
「行け……!!」── 思わず手に汗を握り、固唾を呑んで映像に釘付けに。パリオリンピックが盛り上がりを見せる今、選手の笑顔や涙に感動したり、感情移入したりする瞬間が増えている方も多いのではないでしょうか。
ふと時代の流れに思いを馳せると、ほんの10年ほど前まで、スポーツの楽しみ方といえば、自分自身が体を動かしプレイすることを除けば、スタジアムや競技会場など現地で観戦すること、もしくはテレビで試合や競技を視聴するなど限定的でした。
今や、情報収集手段の多様化に伴い、人々のスポーツの楽しみ方は大きく変容しました。スマホによって試合観戦は場所と時間を選ばなくなり、試合の様子や試合後のインタビューはもちろん、SNSや動画プラットフォームで垣間見える舞台裏といった、日常の1コマをも楽しめるようになっています。
こうした変化・変容をもたらしているプロスポーツチームや選手は、どのような体験を人々に提供しているのか。多くの人々はどのようにスポーツを楽しんでいるのか。今回は「スポーツに対する消費行動の変化」について、ユーザー体験を軸に迫っていきます。
先述の通り、従来主流だったスポーツの楽しみ方、選手の姿に触れる機会といえば、競技会場やテレビでの観戦でした。試合以外の場でスポーツや選手に触れるシーンといえば、有名な選手が取り上げられているスポーツニュースやドキュメンタリー番組、雑誌や新聞の特集といったところでしょうか。
新聞や雑誌などは、購読習慣や掲載内容への興味がなければなかなか手にしないものであると考えると、スポーツは基本的に「試合そのものを楽しむこと」こそが醍醐味という方が多かったはずです。
しかし、さまざまなSNSやYouTubeをはじめとした動画プラットフォームが普及した今、これまでと異なる形で、選手やチームの情報に触れる機会が格段に増えています。
三菱UFJリサーチ&コンサルティングとマクロミルの共同調査(参照:PDF)から「スポーツの情報入手先」としてSNSやYouTubeの割合が増えていることが明らかになっています。
特に顕著な例として、スポーツチームが所属する選手の普段の様子や、試合・練習の風景を取り上げた映像を公式YouTubeチャンネルやSNSアカウントを通じて発信するケースが挙げられるでしょう。
サッカー日本代表のYouTubeチャンネル「Team Cam」などはまさにその代表例です。
動画は試合の数日後に公開されます。そこには選手が試合数日前から試合に備える様子や、食事の風景、ちょっとしたインタビュー、普段の選手同士の会話などに密着したものが取り上げられています。
取材者が編集した言葉ではなく、生の声や表情、普段のキャラクターが映像を通じて見て取れるため、視聴者は「この人はこんな性格なんだ、面白い!」と、意外に感じたり、試合では見られない姿に興味をそそられたりするのが特徴です。
また、チーム単位ではなく選手個人がSNSで発信するケースも多く見られます。現役の選手が、自身の練習風景や技術についてコメントするような動画もあれば、選手自らがプライベートについてさらけ出すようなものもあります。技術を追求する姿や、笑い話をする様子を見ていると、自然と個性も含めて選手そのものにハマっていく方もいるのではないでしょうか。
こうした取り組みの背景には、もちろんSNSの普及もあります。しかし、特にここ数年は新型コロナウイルス感染症の拡大によるところも大きかったといえるでしょう。
ステイホームが叫ばれ、人々は外に出られず閉塞的になりました。スポーツイベントも軒並み中止になる中、さまざまな競技の選手が「自宅で手軽にできる運動」を紹介したり、ファンとのコミュニケーションを活性化する動画を公開したり、チャットを通じてファンとつながろうとするなどしてきました。直接ファンと関われない、ファンが試合会場になかなか足を運べない。このような状況を打破するために始まった取り組みが今、新たな情報入手源の確立に寄与しているといえます。
チームや選手個人の発信によって選手の個性を見せることで、ファンに対し「裏側を見る楽しさ」だけでなく、イチオシの選手やチームを応援する、いわゆる「推し活」の楽しさももたらしています。
Paidyが発表した「2023年みんなの推し活大調査」では「あなたが推しているジャンルを教えてください」という質問に、35%もの人が「スポーツ選手やチーム」を挙げています。
近年認知されるようになった「推し活」という言葉を聞いて、アニメのキャラクターやアイドルを“推す”活動を想起する方も少なくないでしょう。しかしデータから分かるように、今やスポーツ選手やチームも推しの対象になっているのです。
では、そうした「スポーツの推し活」のきっかけは何なのか。ネオマーケティングによる「スポーツの推し活に関する調査」では「スポーツの推し活のきっかけ」を尋ねた問いに対し、20〜30代においては「動画サイトでおすすめに流れてきて」「チームが発信しているSNSを見て」と回答する割合が大きく出ています。
SNSやYouTubeを通した発信は、主に試合そのものに集中していたスポーツの楽しみ方を、試合の前後を含めより長い時間軸に広げているといえるでしょう。
ここで一つ、「UXタイムスパン」という考え方を紹介します。UXタイムスパンとは、物事の体験には主に「利用前・利用中・利用後・利用体験全体」の4つの期間があり、期間によって異なる体験があるという考え方です。
それぞれの期間における体験の姿は、以下のとおりです。
これを、時間軸が広がっている「スポーツにまつわる体験」に当てはめて考えてみましょう。
このように、SNSや動画による試合観戦前後の体験も含めて、人々を楽しませている様子が分かるでしょう。
筆者はガンバ大阪というJリーグのチームを応援していますが、特にこの2年ほどはまさにこうした一連の体験を通して、よりチームの応援にめり込むようになっています。ほぼ毎試合後にチームが公開している、各試合の準備段階から試合当日のロッカールームでの選手の雰囲気・会話が伺える動画を見て、選手のキャラクターを知ったり、試合を裏側から振り返ったりします。
そうしているうちに次の試合を楽しみに感じ、ガンバ大阪が東京近郊に来れば観戦に行くようになり、スタジアムでの観戦頻度が増え、ユニフォームを買い、今や推し選手のタオルマフラーも持っています。
まさに先述したような、試合前の予期的な体験から、試合を振り返る利用(試合)後の体験までがあって、一連の累積的な体験になり、そしてそれが結果的に推しとするチームや選手への投資にもつながっているといえます。
もはや今ではオリンピックも公式SNSアカウントなどの発信チャネルを持っています。テレビで多くは取り上げられない選手個人も発信を行なっていることが多々ありますし、代表チームが公式SNSアカウントを通じて、代表に入っている選手の様子を公開していることもあります。
オリンピック閉会まであと数日。ぜひ、そうした発信も目に入れながら、スポーツの祭典を楽しんでみてはいかがでしょうか。きっと試合前から試合後まで、さまざまな角度でスポーツを楽しむ一連の体験が、あなたをもっとそのスポーツに夢中にさせていくでしょう。
もしかするとスポーツそのものには興味がなかったのに、特定の選手が推しになり、気付けばそのスポーツが好きになる。そんなこともあるかもしれません。
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