なぜ今? セブン&アイ買収提案、外資大手クシュタールの狙いとは古田拓也「今さら聞けないお金とビジネス」(1/2 ページ)

» 2024年08月23日 07時00分 公開
[古田拓也ITmedia]

 セブン&アイ・ホールディングス(以下、セブン&アイ)がカナダの小売大手アリマンタシォン・クシュタール(以下、クシュタール)から買収提案を受けたというニュースは、日本のビジネス界に大きな波紋を広げている。

 この提案はなぜ“今”行われたのか、またその背後にはどのような戦略があるのか。理解するためには、両社の事業戦略と市場状況を詳しく見ていく必要がある。

カナダの小売大手、クシュタールの狙い

photo セブン&アイが報道を受けて出したプレスリリース

 セブン&アイは、日本を代表するコンビニエンスストアチェーン「セブン-イレブン」を運営する企業で、国内外に膨大な店舗ネットワークを持つ。日本国内に約2万店舗を展開し、その店舗数と売上高は業界内で圧倒的な存在感を示している。さらに、セブン&アイはコンビニ事業に加え、スーパーや百貨店、金融サービスなど多岐にわたる事業を展開しており、その総合力が業界での競争優位性を強化している。

 一方、クシュタールはカナダを拠点に世界中でコンビニエンスストアを展開する多国籍企業で、特に北米やヨーロッパで積極的なM&A戦略を進め、その規模を急速に拡大してきた。クシュタールの主力ブランドである「サークルK」や「エクスプレス」は、セブン-イレブンと競合関係にある。

 このような中でクシュタールがセブン&アイに買収提案を行った背景には、セブン-イレブンの圧倒的なブランド力とグローバルな影響力を取り込み、さらなる市場支配力を強化しようとする戦略があると考えられる。

セブンを買うと米国とタイも手に入る?

photo 同社の海外出店状況(セブン&アイ公式Webサイトより引用)

 クシュタールがセブン&アイを買収することで、特に注目すべきはタイと米国市場の獲得だ。セブン-イレブンは、日本国内だけでなく、タイや米国でも強力なブランド力を持ち、それぞれの市場で圧倒的な存在感を示している。

 タイでは全国に約1万3000店舗を展開しており、同国のコンビニエンスストア市場のリーダーとして君臨している。タイ市場を手に入れることは、東南アジア全域への影響力を強化する大きな一歩となる

 さらに、米国市場においても、セブン-イレブンは約9000店舗を展開し、北米最大のコンビニチェーンの一つとして地位を確立している。クシュタールがこの市場を手に入れることで、北米における市場支配力が飛躍的に高まることが予想される

 特に、米国市場での事業拡大は、クシュタールが北米全体での成長戦略を加速させるための重要な要素となるだろう。これにより、クシュタールはタイと米国という二大市場での優位性を確立し、グローバルな競争力を大幅に強化することが可能となる。

国内コンビニ業界の再編とクシュタールの選択

 コンビニ業界にとって、アジア市場は依然として成長の余地が大きい。クシュタールにとってこの地域での存在感の向上は重要な課題である。セブン&アイの買収が実現すれば、アジア市場での競争優位性を飛躍的に高められるだろう。

 一方で、国内のコンビニ業界も足元で再編が進んでおり、これが今回の買収提案の背景にある可能性も否定できない。実際、セブン&アイ以外の主要コンビニチェーンであるローソンやファミリーマートは、すでに上場廃止を決定している。例えば、2020年には伊藤忠商事がファミリーマートを完全子会社化し、2024年にはKDDIと三菱商事が共同でローソンをTOB(株式公開買い付け)で買収したことが記憶に新しい。

 ローソンやファミリーマートはいずれも商社系のコンビニブランドであり、上場廃止により特定の企業グループ内での独立性と安定性を保ち、外部からの敵対的買収リスクを大幅に軽減している。これにより、経営の自由度が高まり、株主の短期的な要求から解放され、より長期的な視点で成長戦略を描くことが可能となった。

 こうした状況下でクシュタールが日本市場への進出を考える際、同社にとって実質的な選択肢はセブン-イレブンしかなかった。ミニストップやポプラなど他の上場コンビニチェーンも存在するが、ミニストップの時価総額は500億円程度しかなく、ポプラの時価総額は26億円とさらに小さい。このため、クシュタールにセブン-イレブンの規模と影響力は、他の選択肢に比べて圧倒的に魅力的に映ったことだろう。

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