本件報道におけるそもそもの元凶は「スタートアップ経営者にセクハラした投資家」にあるはずだ。被害を訴えた女性経営者はそれで心が折れたという紛れもない事実があり、勇気を振り絞って実名・顔出しで告発した。
にもかかわらず、今般の議論においてセクハラ加害者には何ら言及されないばかりか、なぜ告発者側が「経営者の気概が足りない!」などと批判されなければならないのだろうか。このような事態がまかり通っているがゆえに、元報道にあったような「黙っておいたほうがいい」といった風潮になるのではないか。
先般も、ベンチャー企業取締役による「ベンチャーにいるなら盆やGWに休むな」「定時に帰るな」といった言説が炎上したばかりだが、経営者としての覚悟を誇示したいのなら自分だけでやればよかろう。セクハラ被害者を引き合いに出したり、経営者とは立場が違う一般社員を同列に語ったりする必要など皆無なはずである。
この種の「自分は乗り越えられたのだから、これに耐えられないなら一人前ではない」といった考えが、わが国に長らくブラック企業を蔓延(はびこ)らせてきたと言ってもよい。この種の論説は、もう終わらせなければならない。
さらに、冒頭の経営者のSNS投稿を擁護する意見の中には「自分の会社が危機に瀕して投資が必要なら、セクハラぐらい受け入れる」「セクハラされる程度で投資してもらえるなら楽なもの」といった主旨のものも散見されたのだが、実にくだらない考えといえよう。
そういった意見を持つ人たちはおおむね男性であるがゆえに、言葉の端々に「セクハラぐらい」といった考えが透けて見えるのだが、一寸立ち止まって考えてみるべきだ。自分より遥かに大きな、筋骨隆々の男性が性欲を見せながら迫ってきて、身の危険を感じても、「セクハラくらいかわいいもの」と受け流せるというのだろうか。そんなハードシングスなど不要だし、本来あってはならないものだ。
そもそもセクハラ加害者がいなくなりさえすれば、本来何の問題もないのである。それを経営者の資質であるとか、ハードシングスなどと混合している時点で、セクハラを容認しているのと同様といえよう。
職場におけるセクハラとは、次のように定義される。
職場においておこなわれる、労働者の意に反する性的な言動により、労働者が労働条件について不利益を受けたり、就業環境が害されること。
では「労働者の意に反する性的な言動」とは具体的に何を指すのか。実際は多岐にわたるが、令和5年度厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査」(PDF)によると、職場でセクハラを受けたと回答した人のセクハラ内容としては「性的な冗談やからかい」「不必要な身体への接触」「食事やデートへの執拗な誘い」が回答上位を占めた。
パワハラについては、単に受け手が「パワハラだ」と感じるだけではなく、その背景事情や頻度なども含めて総合的に判断されるが、セクハラに関しては基本的に「受け手が不快に感じるか否か」によって判断される。より広範な事象までセクハラとなり得る点に留意が必要だ。例えば、次のような行為もセクハラと認定された前例がある。
セクハラを受けることによる悪影響は、単に被害者が不快になるだけではない。実際に被害に遭った人への調査結果として、「怒りや不満、不安などを感じた」「仕事に対する意欲が減退した」「職場でのコミュニケーションが減った」など、心身への悪影響のみならず、仕事へも悪影響が波及することが明らかになっている。
このような事態が発生・蔓延しないように、セクハラの防止対策は男女雇用機会均等法によって事業主の義務として定められており、組織として実施すべき防止措置についても、厚生労働省からも細かい指針が示されている。主には次のようなものだ。
そして、会社がセクハラ防止措置を怠った際には、企業名が公表される場合もある。「セクハラくらいで……」という軽視した考えは、組織崩壊のリスクをはらむのだ。
被害者が声を上げ、自社内でセクハラが発生していたことが判明し、それが公になったらどうなるのか。組織はどのようなリスクに晒(さら)されているのだろうか。
まず会社(使用者)は、法的責任と行政責任を負うことになる。
さらにセクハラ加害者は、刑事責任と懲戒リスクを負うことにもなる。
法的なリスク以外にも、企業活動にネガティブインパクトを与えるリスクは多々ある。
ネットが発達した昨今においては、とくにレピュテーションリスクによる企業の社会的イメージ悪化は取り返しのつかない事態となるだろう。特に普段、対外的に「ダイバーシティ」「健康経営」「SDGs」などと、聞こえの良いトレンドワードを掲げている会社こそ受ける反動は大きい。そもそもセクハラを発生させないよう、日々の地道な取組が求められるのだ。
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