さて、こうした「本音の話せなさ」は何によって由来するのだろうか。多くの要因が考えられるが、パーソル総合研究所の分析によって明らかになったのは、従業員は職場のコミュニケーションにおいて「6つのリスク」を感じており、それらが本音・本心のコミュニケーションから従業員を遠ざけているということだ。その6つとは下記のものである。
(1)「裏切り者リスク」とは、本音で意見を言うと、組織に愛着がない、または転職でも考えているのではないかと疑われるリスクだ。仕事上の問題点や組織への不満・疑問などを口にすることが、はばかられてしまうということだろう。
(2)「拡散リスク」とは、本心で話したことが、目の前の相手ではない意図しない人にまで広がってしまうかもしれないというリスクである。信頼できる相手であっても、信頼できない相手にまでその情報が伝わってしまうようでは、本音では話しにくいということだ。
(3)「低評価リスク」とは、自分の評判が下がりそう、ということだ。自分の話のレベル感に自信がなかったり、空気を読まないことを言ったりすることによって、自己評価が下がることを気にするような意識である。
(4)「身分不相応リスク」とは、自分の立場からは言えないという社内でのポジショニングを気にするリスク意識だ。新人や若年者が先輩の仕事に口を出すことを遠慮したり、逆に上位役職者がメンバーに対して本音の弱みを自己開示できなかったりすることが想定される。
(5)「無関心リスク」とは、そもそも話の内容に関心を持ってもらえないのではないかという意識である。せっかく思い切った意見を口に出したとしても、それが聞き手の反応を十分に引き出せなかったり、深刻な問題として扱ってもらえなかったりするのであれば、意見を口にすることは、やはりはばかられる。
(6)「関係悪化リスク」とは、本音を吐露することによって対話相手とけんかになったり、相手と気まずくなったりしそうだという意識だ。「和を以て貴しとなす」という組織文化は、相手との人間関係の悪化を恐れ、本音から遠ざけている。
分析の結果、これらのリスクが社内コミュニケーションの本音度を有意に下げてしまっていた。こうしたリスクについて一般には、心理的安全性の研究者であるエイミー・C・エドモンドソンによる4つの対人リスクが知られている。
それは、(1)無知だと思われる不安、(2)無能だと思われる不安、(3)ネガティブだと思われる不安、(4)邪魔をする人だと思われる不安が上げられているが、本研究によって明らかになったのはそれよりも具体的で、かつ日本の文脈に即した要素である。本音を話すということは、このような多角的な意味から「リスク」として感知されているということだ。
さらに、本音を話すことを妨げるリスク意識は、組織の中の階層や性年代別によって異なるということも明らかになっている。
例えば、女性の30〜40代は全体的にリスク意識が強い。特に女性は「身分不相応」リスクの意識が強く、管理職や重要ポジションが男性ばかりに占められている日本の組織状態がダイレクトに反映されている。逆に、男性30〜40代は「裏切り者」リスクを強く感じている傾向が見られ、会社の中心者として活躍し始めているからこそ組織への愛着を疑われるようなことを言わない傾向が見られる。
また、リスク意識を上げている要素としては、「キャリアの主体性の欠如」「時間の裁量権の欠如」「業務の自律性の欠如」が見いだされた。それらの傾向が強い組織は、本音を言う事へのリスク意識が全体的に高い傾向にある。人材マネジメント総体との関連が示されている結果だ。
さて、ここまでの分析で、日本の職場は全体的に「本音で話せていない」状況とその要因が明らかになった。しかし、問題はそれだけではない。さらに分析を進めると、組織の階層的なポジションによって、このような職場のコミュニケーションの状況への認識がまったく異なるという別の問題も見えてきた。
組織階層的には下位に属する一般社員・従業員は、職場で本音を出せていないと感じる割合が強い。その一方で、事業部長や役員といった上位層は、自分も職場メンバーも「本音で話せている」と感じている傾向が見られたのだ。この差は、職務内容や業界による差よりも明確に大きいものだった。
シンプルに換言すれば、上位層の認識は「勘違い」である。その勘違いとは、現場の実情を客観的に知ることができていないという「現場への盲目」タイプの錯誤もあり得るし、また、「自分が本音で話せているのだから、他のメンバーも話せているはずだ」という「裸の王様」タイプの錯誤もあり得るだろう。少なくとも、上層から見えている「風通しの良さ」は、メンバー層の立場からは当てにならない可能性が高いということだ。
興味深いのは、本音で話していない従業員は、「本音への関心」もまた低いという傾向が見られたことである。本音でコミュニケーションすることへの関心度合いが低い従業員は、「自分」の本音や本心への関心だけでなく、「他者」の本音や本心への関心も同時に低かった。
これは「本音に関心が薄いからこそ、本音を聞くことも話すこともない」という因果とともに、「本音を話さないことが当たり前になると、誰の本音にも関心がなくなっていく」という方向の因果のおそらく両方が含まれている。「本音レス」な職場で長く働いていると、ますます本音で話すことから遠ざかっていくというスパイラルが示唆される結果だ。
つまり、対話のない「本音レス」な職場は、無感情で働く機械的なビジネスパーソンを組織的に作り上げてしまう可能性がある。筆者の個人的経験からいっても、トップダウンの色が濃い、抑圧的な社風の企業との会議や打ち合わせでは、部下層もまた抑圧的な表情しか見せないことがしばしばある。
本コラムで述べたことを図にすると、以下のようになる。
本コラムでは、日本の職場の定量的な検証を通じて、職場で過半数近くが本音でそもそも話していない「対話の欠如」状態と、「対話のバランスが崩れている」という2つの課題を明らかにしてきた。上層部や経営者が自社は意見を言えていると考えていても、メンバー層からはそうではないことのほうが多そうだ。
さらに、本音を押しとどめてしまう「リスク」の意識が具体的に6つ特定できた。もちろん多角的な検証はこれからも必要だが、1つや2つの要因ではないことは確かだ。さらに明らかになった問題は、「本音レス」な職場は、そもそもの働く人の「本音への関心の欠如」を導きかねないということだ。他者の本音にも、自分の本音にも興味がないビジネスパーソンが、豊かな職業生活を送ることは難しいだろう。
具体的な対策の議論は次のコラムに譲るが、キャリアの主体性や時間の裁量権、業務の自律性といった人材マネジメントの総合的な観点も明らかになっている。一般的に言われがちな「風通しの悪さ」といった抽象的な議論ではなく、解像度を高く議論する手だてをそろえ、具体的な施策を検討していきたい。
パーソル総合研究所シンクタンク本部上席主任研究員。NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。新著『リスキリングは経営課題』では、従来の発想を乗り越えるべきという提案にはじまり、リスキリングを現実的に進めるための仕掛けや仕組み、方向性について、各種データをもとに論じている。
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