この記事は、『生成AIで世界はこう変わる』(今井翔太著、SBクリエイティブ)に掲載された内容に、編集を加えて転載したものです(無断転載禁止)。
ここからは、生成AIが特に利用されるであろう個別分野におけるユースケースについて考察していきます。生成AIの現場への導入はまだ始まったばかりで、業務のどの部分に組み込むかはまだ手探り状態ですし、長期的に良い影響があるかは不透明です。
ただ、カスタマーサービスとソフトウェア開発の2分野に関しては、生成AIブーム以前に、分野固有の事情から生成AIの導入が比較的進んでいたという特徴があり、その影響についても長期的な視点での報告があります。
カスタマーサービスは、現時点で生成AIが最も威力を発揮するとされている分野です。生成AIの流行以前から、この機能に特化したAIを導入して顧客対応を行っていた企業が多く存在したという調査結果もありますし、長期の影響を分析した詳細な研究結果も報告されています。
カスタマーサービスにおける生成AIの強みは、サービスの質を落とさず、場合によっては高い顧客満足度と高速化を達成しつつ、顧客とのやりとりを半自動化できることにあります。
また、この分野には、新入社員では生産性が低く、トレーニングコストが大きいにもかかわらず、離職率が高いという背景があります。これらの問題が、企業が生成AIを導入する強い動機となっています。
実際にはさまざまな導入形態があると思われますが、ここでは一例としてMIT(マサチューセッツ工科大学)などによる既存研究で紹介されているシステムを取り上げます。この研究は、実在の生成AIシステムを導入したある米国大手ソフトウェア企業を対象に、5000人以上の利用者数かつ数カ月以上の期間の実運用データをもとにしており、企業での生成AI導入の実例として大変興味深いものです。
この生成AIシステムは、ソフトウェア製品に関する顧客の技術的質問に答える人間のサポートをするものです。顧客の質問と過去の会話を入力し、「エージェントが顧客に返す回答文章」と「顧客の質問に関連する社内文書へのリンク」の2つを出力します。
この出力はエージェントのみに提示され、顧客には見せません。生成AIは、専用に特化したものであっても時に不適切な出力を行いますが、あくまでエージェントへの提案システムとして導入することで、不適切な出力を顧客に返すリスクを回避しつつ、エージェントの作業を効率化できます。
同じ質問でも、顧客の背景に応じて回答が複数考えられるため(例えば顧客が使っている製品バージョンなど)、システムは複数の解答案を生成します。単にシステムに回答させるだけだと、内容はともかく、相手の感情を考慮しない無機質な回答になります。この例では、専用の学習、あるいはプロンプトを工夫する(例えばプロンプトの冒頭に「熟練のカスタマーサポートとして回答してください」という文を入れる)ことにより、良い結果を引き出せそうな回答には、「この質問に関してはお力になれそうです!」や「この件をお手伝いできるのは光栄です!」といったフレーズを付け加えて回答するよう学習していきます。
さて、このシステムを導入することで、本当にカスタマーサポートの主要な指標を改善できたのでしょうか。
まずは生産性です。これは1時間あたりにエージェントが解決した質問数によって計測できます。平均で見ると、このシステムの導入で生産性が14%向上していました。
この研究では、システムを利用するエージェントがスキルの高さによって分けられ、それぞれ個別の結果も報告されています。システムを利用した生産性の向上効果は、最もスキルが低い労働者(Q1)が最も大きく、1時間あたりの解決率が35%向上しています。一方、最もスキルが高い労働者(Q5)の場合、ほとんど解決率の向上が見られません。
システム導入後の労働者と顧客の満足度(ポジティブな感情)はどうでしょうか。図3-6を見ると、両者とも上昇傾向にあり、特に顧客の満足度の変化は非常に大きくなっています。また、カスタマーサポートは特に離職率が高い職業であると最初に説明しましたが、システムの影響は離職率を下げる方向に作用し、離職者が平均して9%近く減少するということです。
これらの結果を総合して考えると、生成AIシステムの導入は、労働当事者の満足感を上げつつ、仕事の質も向上させ、さらに顧客の満足度も上げるという非常に良い影響があることになります。
ところで、このシステムはあくまで回答の候補を提案するものでしたが、そもそもエージェントはこの提案を採用しているのでしょうか。これについては面白い結果が報告されています。
システム導入の初期には、最もスキルが高い労働者はシステムの提案を拒否する傾向があったようです。しかし、時間の経過とともに、どのスキル帯の労働者もシステムの提案を受け入れるようになり、最終的な変化の割合は最もスキルが高い労働者で大きくなっています。
スキルが高い労働者は、当初は自分のスキルへの自信ゆえにAIの出力を拒否するものの、最終的には生成AIの提案の質や価値を認めるようになるというこの傾向は、生成AIが別の分野に導入される場合にも参考になるでしょう。
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