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希望退職後のキャリアは「いばらの道」か 中高年フリーランスのリアル労働市場の今とミライ

» 2025年01月28日 08時30分 公開
[溝上憲文ITmedia]

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 40歳以上のミドルの転職者が増加している。リクルートの調査(2024年9月30日)によると、2023年度の転職者数は2014年度に比べて2.74倍に増加しているが、40〜50代は5倍に増加している。

2023年度の転職者数は2014年度比で2.74倍に(画像:リクルート「ミドル世代の転職同行」より)

 その背景には若年層の獲得が難しく、ミドル層に対象を拡大している求人側の事情や、培ったスキルと経験でチャレンジしたいという求職者側の希望もあるだろう。

 また、役職定年や会社の希望退職募集をきっかけに転身する人の存在も考えられる。実際に「早期・希望退職募集」は増加している。

黒字なのに、希望退職を募集 ミドルを取り巻く退職

 東京商工リサーチの調査によると2024年に募集した上場企業は57社、人員は1万9人と前年の3倍に急増している。しかも直近決算の黒字企業が34社と約6割を占め、募集人員は全体の約8割を占めている。

2024年に早期・希望退職を募集した上場企業は57社に上る(画像:東京商工リサーチ「2024年の上場企業『早期・希望退職募集』状況」より)

 デジタル化やビジネスモデルの変化による新事業への進出や、既存分野の縮小・撤退などの事業構造改革から起こるリストラも目立つ。

 現在所属している会社が不要とするスキルでも、他社では通用する可能性がある。他の企業に転職するのも1つの選択肢だが、前出のリクルートの調査によると、前職と比べ賃金が1割以上増えた人の割合は40〜50代は27.4%だった。

 以前よりも高くなっているが、それでも70%を超える多くの人が前職と同額ないし下がることになる。また、この27.4%について、リクルートは「ミドル世代でも転職時に賃金が増えるケースが多いIT系エンジニアの転職者などがこうした傾向に寄与している」と分析している。

 給与が下がるのであればスキルと経験を武器にフリーランスとして独立・起業することも選択肢かもしれない。企業によっては早期退職募集で「セカンドキャリア支援制度」を打ち出し、独立までの準備の猶予期間を与えたり、資格取得支援制度を設けたりしているところもある。

 しかし、なかなか踏み切れない人も少なくない。ミドルの転職・独立を支援しているコンサルタントは「独立とか起業なんてそんな恐ろしいことは考えられないと、拒絶反応を示す人が多い」と話す。

 起業といっても飲食店経営など設備や資金など初期投資がかかるものもあれば、培ったスキルや経験を生かしたコンサルタントなどフリーランスの領域は広い。

中高年フリーランスのリアル

 では、早期・希望退職後にフリーランスに踏み切った実例を紹介しよう。

 大手広告代理店の営業部門のA氏は40代のときに早期退職と同時に中高年社員を対象にした社内公募の「業務委託契約」に応募した。

 制度は10年間で逓減していく固定報酬と会社からの受託による個人事業主の収入に分けられ、その一方でフリーランスとして対外営業活動での受託を目指すものだ。フリーランスとして独立するための親切な制度であるが、A氏はいずれ地方に移住し、飲食店を開業したいという夢があった。

 日々の仕事の傍ら、移住候補先をいくつか見学して回ったが、さまざまな壁にぶつかったという。

 「どの地域も高齢化が進行し、年配層ばかりで果たして私が目指す飲食店のニーズがあるのか疑問に感じました。もう一つは食材の調達です。地場の野菜などの食材を作っている人も高齢化し、思うような調達が難しいことも知りました。そこで自分で作ろうと思い、最初は農家の作業のお手伝いをしましたが、都会育ちの自分にとっては体力的にきつい。本当にやれるのか自信が喪失しました。さらに地域に溶け込むには住民とのコミュニケーションも重要ですが、たまに訪ねてくるだけの自分に対して心を開いて話をしてくれる人も多くありませんでした」

 地方での飲食店の開業を夢見たものの、現実の壁に直面し、思い悩む日々が続いたという。今は、培った営業部門でのスキルをベースに地域のイベントなどの活動をメインに据えようかとも考えている。

 A氏の場合は、会社の支援もあり、余裕のある起業の準備期間もあったが、それでも思い描く通りの起業を実現するには、ハードルが高いことを教えてくれる。

辛酸をなめた、50代フリーランス

 もう1人は大手電機メーカーを50歳直前に早期退職したB氏。人事部の部長職に就いていたが、家庭の事情もあり、独立を決意した。いずれフリーランスの人事コンサルタントとしての独立を目指し、最初の2年間はノウハウを得るために人事コンサルティング会社の契約社員として修業を積んだ。

 そして2年後、大企業で培った人事の経験、コンサル会社で得た知識を武器に開業。前職の会社の人脈やコンサルタント仲間の紹介で企業を訪問した。

 ただ、比較的大きな企業は既存のコンサルタント会社と契約しており、門前払いされることも珍しくなかった。運良く企業のコンペに参加できても、最後はフリーの個人より法人の会社が受注してしまう。その結果、B氏は中小企業に的を絞って営業することにした。

 しかし、そこでも再び挫折した。

「中小企業の社長は、最初は快く応対してくれました。そして新たな人事制度の提案をしてほしいと言われ、制度案提示しました。ところが『うちにはあまりに立派すぎて社員には合わない』とダメ出しされました。再度改訂版を提示しても『やっぱりしっくりこないな、うちは大企業とは違うんだ』と言われました。どこが違うのかと聞いても、何となくというばかりで、しまいには私もムカッときましたが、社長には自分の表情で気付かれてしまいました」

 別の中小企業にも足を運んだが、結局、コンサルタント契約を結ぶことができない期間が半年以上も続いたという。B氏はこう述懐する。

「転職も同じでしょうが、大企業と中小企業では文化や仕事のやり方も違いますし、頭では理解していても想像していたことと違う場面に遭遇します。たとえ専門性を持っていたとしても、アイデアや提言をするにしても、大企業病に冒された上から目線の物言いは通用しないことを身に染みて感じました。人事制度の構築にしても、大企業では通用しても、中小企業に対してはその会社の実状にあった提案をしなければ受け入れられません」

 以来、B氏は中小企業の社員とのコミュニケーションを取らせてほしいと願い出て、そこを起点に人事制度づくりに着手し、最終的に社長の合意を得ることに成功した。そして徐々に顧問先企業も増えていったという。また、前職で業務改革や経営革新など幅広い業務に携わった経験も生きるようになった。

 B氏のようにどんなに専門性が高くても、契約を結べるわけではない。顧客が求めるニーズがどこにあるのか、社長に聞いても分からない点については自ら探し求める地道な活動も必要になる。かつては部下がやっていた仕事も1人でこなす、そうした努力が経営者の信頼につながることもある。

企業の取り組みも進んでいる

 退職後、一朝一夕でフリーランスとして活躍できるわけではない。紹介した2人のようにさまざまな試行錯誤が伴うのが普通である。ではどうするべきなのか。

 フリーランスとしての継続的な活躍を目指すのであれば、会社の副業制度を利用してフリーランスのトライアルをするのは一つの方法だ。例えば経理課長をやった人であれば、決算処理は得意だろう。中小企業の決算業務だけを受託し、1社10万円で業務委託する。5社と契約できれば月に50万円。年収600万円になる。もちろん受注までにはB氏のような辛酸をなめることもあるかもしれない。副業の期間中にそうした実践経験を積むことでソフトランディングの可能性は高まる。

 もしくは、早期退職に乗らず会社にとどまるというのも手だ。労働人口の減少に伴い、人手不足にあえぐ企業は規模問わず少なくない。多くの企業が「再雇用制度」を打ち出しており、減給はあるものの、継続的に活躍できる環境が用意されている。

 自動車メーカーのスズキは2024年6月、刷新した人事制度改革の一環で、60歳の定年を過ぎた再雇用社員の業務や給与を現役時点と同様に維持する制度を導入。能力を適正に評価し、待遇を用意する企業もある。

 企業も中高年社員の活用の道を探っている。模索期を経て、あらたな施策が生まれる可能性も大いに期待できるだろう。

著者プロフィール

溝上憲文(みぞうえ のりふみ)

ジャーナリスト。1958年生まれ。明治大学政治経済学部卒業。月刊誌、週刊誌記者などを経て独立。新聞、雑誌などで経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。『非情の常時リストラ』で日本労働ペンクラブ賞受賞。


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