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フジテレビの「3つの判断ミス」 信頼回復への新セオリー「失敗上手」な組織が勝つ(1/2 ページ)

» 2025年02月15日 05時00分 公開
[大杉春子ITmedia]

著者紹介:大杉春子(おおすぎ・はるこ)

レイザー代表取締役/RCIJ代表理事

コミュニケーション戦略アドバイザーとしてPR戦略の企画から危機管理広報まで、企業・行政のブランド価値向上を包括的に支援。

日本において唯一、コミュニケーション戦略におけるリスク管理に特化したカリキュラムを展開する日本リスクコミュニケーション協会(RCIJ)を2020年に設立。

上場企業や防衛省での豊富な実績を持つ。

 「女性がいないと場が華やかにならないから」

 「もっと場を盛り上げてよ」

 「今日は楽しんでもらわないと、商談がうまくいかないかもね」

 こうした言葉たちは、ビジネスの現場で今も生き続けている。

 今回のフジテレビ問題は、社会に深く根付いた「人権リスク」の存在を、図らずも白日の下にさらけ出した。119社を超えるスポンサーがCM出稿を停止する未曽有の事態。その背景には、日常的な性差別や、組織の中で当たり前のように存在する権力の歪みが見え隠れする。

左からフジテレビ遠藤龍之介副会長、港浩一前社長、フジ・メディア・ホールディングス嘉納修治前会長、金光修社長(撮影:河嶌太郎)

1.なぜフジテレビの対応は批判されたのか 一連の出来事と対応の検証

 時計の針を2023年6月まで戻してみよう。人気タレントの中居正広氏と、20代女性との間で起きた深刻な性的トラブル。この時点で、フジテレビは自社の幹部社員が関与していたことを認識していた。しかし、組織としての対応は「調査は不要」という判断だった。この判断が、後に大きな代償を生むことになる。

 そして迎えた2024年12月中旬。週刊誌「女性セブン」が中居氏の「深刻なトラブル」を報じる。直後の12月20日、「週刊文春」が中居氏から女性への9000万円の解決金支払いを報道。この段階でフジテレビは「社員の関与はない」と全面否定の姿勢を取る。

 年が明けて2025年1月15日、フジテレビはようやく外部弁護士による調査開始を発表。しかし、すでに情報は錯綜(さくそう)し、SNSではさまざまな臆測が飛び交う事態となっていた。そして1月17日、港浩一社長による第1回記者会見。メディアの参加制限、質問の事前選別という閉鎖的な運営は、さらなる批判を招く結果となった。

 批判は収まるどころか強まる一方となり、スポンサー各社が次々とCM出稿の見直しを表明。この事態を受けて1月27日、フジテレビは2回目の記者会見を開催する。開始から10時間以上に及んだこの会見で、最大の焦点となったのは日枝久取締役相談役の不在だった。

 日枝氏の取締役在任期間は40年以上に及び、創業家の鹿内春雄氏の死去後、フジテレビの企業文化を形作ってきた立役者とされる。フジメディアホールディングス(FMH)の金光修社長自身が「現場にはタッチしていないが影響力は大きい。企業風土の礎をつくっていることは間違いない」と認める一方で、嘉納会長(当時)は「この会見は基本的には事案に関する件。取締役相談役は全くタッチしていない」として日枝氏の不在を正当化。この矛盾した説明は、組織としての一体性の欠如を如実に示すものとなった。

フジメディアホールディングス(FMH)の金光修社長(撮影:河嶌太郎)

3つの重大な判断ミス

 フジテレビの対応における重大な判断ミスは以下の3点に集約される。

 第1に、「スピード」の欠如だ。事態発覚から外部調査開始までの「7カ月の空白」は、現代のメディア環境では致命的だった。

 第2に、「透明性」の欠如。「社員の関与はない」という事実と異なる説明や、1回目に開催された閉鎖的な記者会見の運営は、組織の姿勢そのものへの不信感を生んだ。

 第3に、「感度」の欠如。これは最も本質的な問題だ。2017年のハリウッドから始まった#MeToo運動は、セクシュアル・ハラスメントを「個人間のトラブル」から「組織の構造的な問題」へと捉え直す大きな転換点となった。続く2023年のジャニーズ事務所の問題では、長年にわたる人権侵害を見過ごしてきた日本のメディア界全体への批判が巻き起こった。そして2024年の松本人志氏の問題は、権力者による性的搾取を、もはや見過ごすことのできない重大な人権侵害として日本社会が認識する契機となった。

 こうした急速な社会の価値観の変化の中で、フジテレビの一連の危機対応は、あまりにも時代遅れだったと言わざるを得ない。日枝氏の不在と、それを正当化しようとする経営陣の矛盾した説明は、まさにこの「感度の欠如」を象徴するものだった。

2. 「スピード」と「透明性」がダメージを左右する

 フジテレビの初動対応における最大の問題は、事態を「個別の不祥事」として処理しようとしたことにある。

 2017年、ニューヨーク・タイムズは同社のスター記者グレン・スラッシュ氏に関するセクハラ疑惑が報じられた際、Vox Mediaによる調査報道が公開されてから即座に、以下の対応を完了させている。

  • スラッシュ氏の即時職務停止
  • 広報担当上級副社長による明確な声明の発表

 特に注目すべきは、同社の声明の明確さだ。「この行為は当社の基準と価値観に反するものであり、深刻な懸念事項である」という断固とした姿勢を示しながら「調査中は詳細なコメントは控える」という適切な情報管理も行った。

 さらに重要なのは、この事案を単なる個人の問題として扱わなかったことだ。組織の価値観と照らし合わせ、調査結果が出る前から「容認できない」という明確な判断を示した。これは、フジテレビの対応と好対照をなしている。

フジテレビの港浩一前社長(撮影:河嶌太郎)

「完璧な説明」か「迅速な公表」か

 ニューヨーク・タイムズの事例が示唆するように、現代の危機管理において最も難しい判断の一つが情報開示のタイミングだ。完璧な説明を準備するために時間をかけるべきか、それとも不完全でも速やかに公表すべきか。

 注目すべきは、自社のスター記者に関する問題であっても、「透明性」を優先させた点だ。スラッシュ氏は同社のホワイトハウス担当記者として知られ、トランプ政権の取材で数々のスクープを生み出していた。その意味で、彼の職務停止は同社にとって大きな痛手となり得る判断だった。

 しかし、同社は「基準と価値観」を優先させた。これは、組織としての一貫性を示す上で極めて重要な判断だった。なぜなら、ニューヨーク・タイムズは#MeToo運動の火付け役となり、社会に大きな変化をもたらしたハーベイ・ワインスタイン氏のセクハラ問題を暴いた調査報道で、この問題に関する議論をけん引してきた媒体だったからだ。(2018年、この調査報道によりニューヨーク・タイムズはピュリッツァ賞を受賞している)

3. 経営者と担当者が更新すべき「感度」

 「問題は起きてから対処すればいい」──。

 多くの組織が陥るこの考え方の危うさを、私は危機管理広報の専門家として何度も目の当たりにしてきた。重大な危機は、必ずその前に小さな予兆がある。それを見逃さない組織の想像力と、声を上げられる組織文化が、被害を最小限に抑える鍵となる。

 組織の在り方を根本から問い直すきっかけとなったのが、英BBCを震撼させたジミー・サヴィル事件だ。サヴィルは1960年代から約50年にわたりBBCの看板司会者として活躍し、王室からナイトの称号を授与されるほどの国民的スターだった。しかし2012年、彼の死後に衝撃的な事実が明らかになる。数百人もの少女たちへの性的虐待を、半世紀近くにわたって繰り返していたのだ。

 BBCは当初、この問題を過去の個人の不祥事として扱おうとした。しかし、その後の検証で驚くべき事実が次々と明らかになる。実は数十年前から、現場レベルでは「サヴィルと少女たちを2人きりにしてはいけない」という暗黙のルールが存在していた。メークさんや番組スタッフたちの間で、違和感や懸念は共有されていたのだ。しかし、その声は組織の上層部まで届かなかった。届いても「大したことではない」と軽視された。この「気付きの機能不全」は、他人ごとではない。多くの組織に共通する課題なのだ。

組織の在り方を根本から問い直すきっかけとなったのが、英BBCを震撼させたジミー・サヴィル事件だ(写真提供:ゲッティイメージズ)
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