――その技術が現実世界でも応用されているそうですね。
三宅: はい、現在はこれらのゲームAI技術を現実空間に拡張する取り組みを行われています。特に注目されているのが「スマートスペース」の概念です。「空間AI」とも呼ばれています。これは、建物全体や都市の一部をインテリジェントな空間として捉えるアプローチで主に建築分野とコンピュータサイエンスの融合点として研究されています。「空間コンピューティング」という総称で国内外で盛んに研究されている分野でもあります。
スマートスペースでは、空間AI技術を用いて環境そのものがインテリジェンス化されます。例えば、部屋やビル全体が空間の特性や状況を把握し、その情報をロボットやAIエージェントに提供することで、それらの知性を底上げします。
特に重要なのが「空間のインテリジェンス」(空間の知的情報)という概念です。AIは現実空間の認識が苦手ですが、空間AI技術を使えば、環境自体が情報を持ち、AIに提供することができます。これにより、AIの空間認識能力が大幅に向上し、人間との協調もスムーズになります。基本的にAIは環境認識が苦手ですので、空間のインテリジェンスによって、それなりのAIでも空間や物を巧みに使うことができるようになる仕組みです。
例えば、ロボットが群衆の中を歩く場合、従来のAIでは困難でしたが、空間AIが全体を把握し、適切な経路や振る舞いを指示することで、スムーズな移動が可能になります。また、空間AIはオブジェクトにも組み込むことができ、例えばドアがロボットに開け方を指示するといったことも可能になります。人間では一人称視点で観ながらも俯瞰的に空間を想像する能力がありますが、AIはありませんので、これを補完する技術です。
森: そう考えると、AIの適用範囲が大きく広がりますね。従来のAIも画像認識や予測・最適化といった個別の課題を解決するユースケースは多くありましたが、より総合的な問題にアプローチするには決め手を欠いていました。LLMはそれに対する一つの回答ではありますが、リアルタイム処理には向かず、まだ適用領域は限定的かと思います。ですが、ゲームAIの知見を生かすことで、実世界でのリアルタイムな課題解決にも応用できるわけですね。
三宅: その通りです。さらに、メタバースという概念が出てきたことで、現実空間とデジタル空間の融合が進んでいます。例えば、現実空間のデジタルツインを作成し、そこでAIがシミュレーションを行い、その結果を基に現実で行動するといったことが可能になっています。デジタルツイン・メタバースはいわばAIの空間想像力を行う空間です。
これは「世界モデル」と呼ばれる概念にもつながります。AIが現実世界を正確に理解し、その中で行動するためには、世界のモデルを持つ必要があります。ゲームでは仮想空間がそのまま世界モデルとなりますが、現実世界では、デジタルツインがその役割を果たすことができます。
このようにゲームAI技術は実空間への応用が加速しており、実空間で鍛えられた技術がまたゲームAIへフィードバックされるという循環の中にあります。AI技術は実空間とシミュレーション空間の双方を通して鍛えられていきます。
――木下さん、マーケティングの観点からこの技術をどう評価されますか?
木下: 非常に興味深い発想だと思います。私たちも生活者に関わるデータを活用したマーケティングを行っていますが、三宅さんのお話を聞いて、空間レベルでの体験提供の可能性を感じました。デジタルとフィジカルが融合する中で、AIがそこに組み込まれることで、生活者がいる場所やモーメントに合わせてより最適な情報体験が提供できるようになるでしょう。
例えば、現在の広告は屋外のビルボードや壁にはるポスター、サイネージなど固定されたものが多いですが、空間AIを活用することで、例えばショッピングのために街を歩いている生活者が広告を見せても嫌がられないタイミングを理解し、歩いててびっくりせずに目に入る場所に最適なタイミングで情報を提供する世界が来るかもしれません。また、ARなどの技術と組み合わせることで、物理的には何もない空間に、有名なキャラクターコンテンツが出現し、大勢の人々を集めるイベントスペースに変わることも可能になるでしょう。
具体的な例を挙げると、スタジアムのコンコースなど、従来あまり活用されていなかったスペースを、空間AIとARを組み合わせることで、新たな体験の場として再定義することができます。これは、マーケティングや広告の世界に大きな変革をもたらす可能性があります。
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