九州工業大学のマイクロ化総合技術センターでは、最小設計寸法1ミクロンと先端ではないものの、設計から製造まで一貫してCMOS(相補型金属酸化膜半導体)と呼ばれる集積回路を試作できるクリーンルームを所有している。大学の施設としては国内でも有数のもので、こうした設備を活用して技術の全体像を理解できる人材を育成する俯瞰教育を実行している。
「このクリーンルーム内において4日間でCMOSのIC(集積回路)を試作・測定する実習プログラムを実施しています。国内半導体トップ企業をはじめ全国からリアル参加と遠隔参加も含め、年間700人超の方々に参加いただき、産学連携による教育を展開しています」(中村和之センター長)
熊本大学は、半導体分野の教育を強化するため、学部から大学院までの一貫した教育体制を整備している。2024年から工学部に「半導体デバイス工学課程」、情報系の学部組織である情報融合学環に「DS半導体コース」を新設。2025年4月には大学院の組織として「半導体・情報数理専攻」を設置する予定だ。リスキリングセンター設立に向けた計画も進行中だという。
「半導体デバイス工学課程では、半導体製造のプロセスを、面で支えるような技術者を育成するコースを作っています。DS半導体コースは、それらの一連の製造工程を最適化する、いわゆるデータサイエンスを用いたDX人材を育成するコースとなります。半導体が分かってDXができるという2つの側面で作っている大学で、これまで日本では見られなかった組織となり、自信を持って進めていこうと考えています」(飯田全広部門長)
東北大学は、サッカーのフィールド約1.2面分に相当する計8500平米の大規模なクリーンルーム群を備え、研究開発のためのリソースを最大限に活用できる環境を整えている。この環境のもと、教育と研究を密接に連携させ、生産性の高いイノベーションを生み出す仕組みを構築した。
「エコシステムを活用して研究と教育を重ねた人材育成を進めています。2024年の春に半導体クリエイティビティハブ(S-Hub)を立ち上げて、オンラインのコンテンツを生かしながら、東北大だけではなく、アカデミア全体でさまざまなリソースを共有していきます。大学や高専などの講義で使っていただきながら、準備が整い次第、企業や一般向けにもプログラムとして運用していくことを考えています」(戸津健太郎センター長)
博士課程の人材育成については、特に産業界との連携が欠かせないことが強調された。博士課程修了者の待遇改善や企業に勤めながら、大学院の博士号の取得を目指す「社会人ドクター」の推進といった具体的な施策が議論された。現在、外資系企業が高待遇で優秀な人材を採用する動きが広がっていて、国内企業の対応が急務だ。社会人が研究と実務を融合する仕組み作りも、新たなイノベーション創出の鍵となる。
名古屋大学の須田教授は、博士人材の待遇について「これまで博士の待遇は、マスター(修士学位)と大差のないものでした。最近になり、半導体人材が枯渇してきている影響か分かりませんが、特に外資系企業がかなり思い切った待遇を提示しているケースがみられるようになってきました。こうした背景で、学生が外資系にばかり行ってしまうのではないかと心配になります。ぜひ、国内の企業にも博士人材の待遇において、プラスアルファの幅を増やしていただくと、学生はよりモチベーションが上がるかなと思っています」と提言する。
熊本大学の飯田半導体部門長も「博士人材に関しては、社会人の中から送り出してください。それに尽きると思います。研究力を上げるために大学に人を送り出して、学位を取ってもらい、その成果を事業化する。この循環を作っていただければ一番良いのではないかと思います」と話した。
半導体人材育成に関わるハードからソフトまであらゆるリソースを共有化する取り組みが進む。共有化する枠組みの整備や、産官学連携による教育環境の拡充が議論の中心となった。
各大学が持つクリーンルームや教育プログラムを共有化し、効率的かつ実践的な人材育成を実現する仕組みが求められている。これらの取り組みは、単なるリソースの共有にとどまらず、次世代の競争力を支えるエコシステム構築に向けた重要な一歩だ。
東北大学の戸津センター長は、「特にトップ人材は、育成するところに先端研究のリソースが必要。アカデミアと産業界が境目なくオーバーラップしながら、育成環境を整えて『価値創造型』の人材を育てていくことが大事だと考えています。高度人材、基盤人材については、リソースを関係機関で共有しながら、質、量ともに優れた人材を育成していくことが鍵になるのではないかと思います」と語る。
半導体産業のグローバル競争力を高めるためには、国際的な連携の強化が欠かせない。特に、日本人教員や学生の海外派遣、留学生の受け入れ拡大などが議題に上がった。これらの取り組みを通じて、大学や産業界がグローバルネットワークの一部となり、新たな価値を創出する基盤が構築されることが期待される。
東京大学の池田センター長は、日本の教員自身が海外で研究する重要性を強調した。
「ここ2年ぐらいで文部科学省のASPIRE(先端国際共同研究推進事業)という拠点形成の交流プロジェクトが始まっています。日本人の教員が国内の企業や海外の大学など外へ出ていかなければならないのではないでしょうか。教員自身がリフレッシュしていかなければ、こういう取り組みはうまくいかないもので、外へ出ることがきっかけで新たな研究や連携も始まると思っています」(池田センター長)
広島大学の寺本所長は、「海外に出てきたいという学生が増えてきたと感じています。広島大学では、クオーター制を導入し、必修科目をなくすクオーターを1つ作り、そこで海外留学もできるようにしていく取り組みを進めているところです。制度上の設計もやっていかないといけないのと、海外企業でインターンシップを比較的長くやってくださるとところとも連携していければと考えています」と語った。
最後に大野総長特別顧問の呼びかけで、パネルディスカッションは締めくくられた。
「半導体の大きなうねりを自らのものとするには、大学自身が大きく変わらなければいけません。今回、皆さまのお話から、大学がその方向に力強く動き始めていること感じました。一緒に新たなエコシステムを作っていきましょう」
今回のパネルディスカッションでは、日本の半導体産業を再興するための具体的な提案が数多く議論された。博士人材の待遇改善、社会人ドクターの推進、リソース共有による効率的な教育環境の整備など、各テーマはアカデミアと産業界が連携して取り組むべき課題として位置付けられた。これらの取り組みを支えるエコシステム構築が、日本の競争力を再び世界レベルに引き上げる鍵となる。
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