来日中の米半導体大手NVIDIAのジェンスン・フアンCEOは11月13日、都内で主催した自社イベントで「日本はこれまでテクノロジーの分野で遅れていたが、AIを活用すればリセットできる」と話した。
「AIと日本の優れた製造業、ロボット技術を合わせれば、日本は新しい産業革命を起こせる」と述べ、日本が持つ可能性に対して強い期待感を表明した。「日本はパートナーとしてとても大切な存在で、日本という国がなければ、NVIDIAは今日ここに存在していなかった」と指摘。今後も日本企業と幅広く協業していく方針を明らかにした。
ジェンソン・フアン氏 1963年台湾生まれ。台湾系米国人起業家。大学卒業後にマイクロプロセッサの設計に従事した後、30歳の誕生日の1993年にゲームプロセッサのNVIDIAを共同で設立してCEO兼社長。AIを稼働させるのに不可欠といわれる、微細加工を施した最先端の半導体を組み込んだGPUの販売では断トツのシェアを持っている。61歳(撮影:河嶌太郎)フアン氏は「AIを活用することで日本にエコシステムが生まれ、新しいテクノロジー産業が生まれる」と予想。それを生みだしているのが「CPU(中央演算装置)とGPU(画像処理半導体)の新しい組み合わせによるアプリケーションだ」と述べた。
NVIDIAが開発した新しい画像装置にも触れた。
「次世代画像装置『Blackwell』(ブラックウェル)により、データ処理を大幅にスピードアップ、スケールアップさせられる。1秒間に8テラバイトのデータ処理ができ、しかも電力消費が少ない」と従来製品より優れていることを強調。これを活用すれば「全く新しいファクトリー(工場)が生まれ、新しい産業革命が起きる」とAIの進化によってもたらされる新時代の幕開けを予想した。
フアン氏は、イベントの冒頭でゲーム会社のセガサミーホールディングスや任天堂と協業してきた歴史を紹介。今後も「日本企業と連携し、アドバンテージを取っていく非常に重要な時期だ。これまで日本のソフトウェア技術は過少評価されてきたが、いまそれがリセットされる時になっている」と話し、日本とのさらなる連携に期待感を強めた。
NVIDIAはこれまでに、ソフトバンクに加え楽天、富士通、NTT、米Kotoba Technologie(コトバテクノロジーズ)など多くの企業と連携、協業をしてきている。
AIが活用できる分野としてロボット産業を重視していると話し「これからはAIを実装したロボット革命が起きる」と将来を見据えた。具体的には「ロボットが進化することにより、デジタルAIエージェントと、フィジカルAIエージェントの2つが生まれる。デジタルエージェントは従業員の代わりをしてくれ、フィジカルエージェントは工場や倉庫で人間の代わりに働いてくれる」と説明する。
その上で「世界で作られる半分のロボットが日本で生産されている。日本はロボットを生産するベストの国だ。メカトロ技術もあり、川崎重工など多くのロボットメーカーがある。日本はこのチャンスを生かすべきで、われわれも一緒に(AIを実装したロボット革命を)実現したい」とエールを送った。
また「機動戦士ガンダム」や「鉄腕アトム」などを挙げ「ロボティクス領域で日本より優れている国はない」と指摘。AIロボット開発で安川電機や川崎重工業など、医療機器でキヤノンや富士フイルムホールディングスなどと連携・協業しているとを明かした。
「いまのロボットは皿を洗うのも難しい。また工場で仕事をするのも難しいようで、これはロボットがすでに作られたレイアウトになっているからだ。車の製造工場で使うロボットは、工場で使えるように考えられて作られている。世界には2000万の工場があるが、そのうちの数百のみがロボット用ということで作られている。それ以外の何百万もの工場は、人が働くことを想定して作られている」
「このため、私たちがロボティクスのテクノロジーを活用して社会で生かそうとする、家庭でお手伝いをする、あるいは病院で役立てようとする、ドクターがロボット手術をする――ということを考えると、唯一のソリューションは(ヒト型の)ヒューマノイドのロボットになる。工場で作られているロボットは、病院では役に立たない。ソリューションにするためにはヒューマノイドロボットを作る必要がある。このロボットは成長する可能性があり、今後5年間で大きく進化する」
現在、ヒューマノイドロボットは実用化が少しずつ進んでおり、ファミリーレストランで配膳をしたり、ホテルのフロントで案内業務をしたりしている。人間に近づいてはいるものの、まだ改善の余地が大きいのが現実だ。AIを駆使したより人間味のあるヒューマノイドロボットの開発への期待が高まっている。
車に関しては「全ての自動車がリアルなロボットになり、人間が運転しているならばAIがコーパイロット(副運転手)になってくれる。運転していなければショーファー(運転手)やコンパニオンになるだろう」と述べ、世界中の労働力不足をAIが代替する状況になると予測してみせた。
この日はソフトバンクグループの孫正義会長兼社長とも対談し、AIがもたらす産業への効果について話し合った。フアン氏は「世界にはパイオニアが必要なのです。孫さんは本当にドリーマーで、未来を見ています。そして、未来を作りたい人です。ソフトバンクとの連携はうれしく思っています」と話し、孫氏の先見性のある経営姿勢を高く評価した。
孫氏は、NVIDIAが今ほど巨大企業になる前に、その企業価値を見抜いて2016年12月に29億ドルを出資(その後2019年1月に全て売却)したことがある。
ソフトバンクはこの日、NVIDIA製品を使用したAIを使った「AI-RAN」と呼ばれる新しい通信ネットワークを提供すると発表した。これを導入することによって「これまでの5Gを使ったネットワークより8倍も効率が良くなる」(フアン氏)そうだ。遠隔ロボットや自動運転車を円滑にサポートできるといわれ、これまでにないサービスが可能になるという。
孫氏はAIのもたらす効果について「大きな波が来ています。全ての産業が影響を受けます」と指摘。日本政府の対応に関して「疎外しようとしておらず、エンカレッジしてくれています。遅れた分をキャッチアップしてリセットできるこのチャンスを逃すわけにはいきません。日本で最大のAIデータセンターを構築してAIエージェントを作っていきたい」と話した。AIを活用したサービスの拡大に向けて積極的に投資する姿勢を示した形だ。
孫氏は6月に、人類の1万倍の知能を持つ人工超知能(ASI)を活用できる社会を実現したいというビジョンを発表した。「がんをなくし、事故を1万分の1に減らしたい」と話し「ソフトバンクグループの使命」だと表明している。その実現のためにNVIDIAの新型チップが提供されることにより、ASIのビジョン達成が早まる可能性もある。
フアン氏はこの日の講演ではトレードマークの革ジャン姿で登壇。記者との質疑にもフランクに応じて好感が持てた。終わってからも、いわゆる記者のぶらさがりにもきちんと答えるなど、オープンマインドの姿勢が見えた。
NVIDIA本社には社長室もないという。重要な政策を説明するときは大勢の前で話すことによって、社員全員に会社の現状を共有するという考え方だ。日進月歩の半導体業界でここまで成長できたのは「日本企業のおかげ」と話すサービス精神も抜かりない。
NVIDIAのGPUは「価格が高過ぎるのではないか」という質問に対しては「価格以上の付加価値を提供しているので、そうは思わない」と反論。ビジネスに対する厳しさも見せつけた。今後は日本企業との連携により、世界基準となるような画期的なプロダクトや装置が生まれることを期待したい。
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