創業から一貫して成長し続け、世界にその名を知られるブランドを確立したD社。創業50周年の節目の年に、初の大幅な赤字を計上してしまった。物を言う株主からの圧力もあり、社長交代まで余儀なくされ、経営危機の渦中にあった。
大きな赤字を引き起こした主な原因は過剰在庫だった。棚卸在庫の回転日数は126日、つまり18週間分の在庫を溜め込んでオペレーションをしていた。生産してから4カ月以上経って消費者が購入しているということだ。変化の激しい時代において、このスローなオペレーションはリスクが高すぎる。
過剰在庫を減らすために値引きが横行し、長年積み上げてきたブランド価値を毀損(きそん)していた。それまで赤字に陥らなかったのは粗利率が大きかったからだが、この状況をライバルは見逃さなかった。
国内外のメーカーが低価格で高品質な製品を次々と発売し、シェアを奪っていったのだ。その結果、収益性はみるみるうちに悪化した。
なぜ、在庫が積み上がってしまっていたのか。原因は工場の部分最適の指標にあった。個々の生産設備で稼働率向上を最優先する指標が採用され、それが全体最適の妨げになっていた。
この仕組みは「つくれば売れる時代」においては有効に機能していた。
だが、今は変化が激しい時代。つくっても売れるとは限らない。オペレーションを進化させる必要があった。
この会社に、IT会社のDXアオリ虫が侵入してきたのは数年前のこと。DX推進室を中心に、サプライチェーンのDXプロジェクトが立ち上がった。現場へのヒアリングでは従来のやり方の延長で、個々の生産設備の稼働率を最大化したいという要望があがった。DXアオリ虫は、その要望を実現するシステムを開発した。
新システムに従えば、これまで以上に稼働率を高められた。
しかし、その結果、売れない製品まで大量に生産してしまい、需要の変化に柔軟に対応できずに不要な在庫が増えてしまった。
「システムを導入してから、私たちはシステムの奴隷のようになってしまった」
こんな声さえ現場から聞こえてくる始末だった。
早速、DXアオリ虫を益虫に変えるべく、前述した2つの問いを議論した。大規模なシステムを再び開発する余裕はない。
そこで、既存のシステムにあるデータを活用して、サプライチェーン全体に潜む制約を見える化するアプリを導入した。
この図がアプリの画面である。製品の品番ごとに、列の左側から、工場在庫、地域倉庫在庫、流通在庫の状況を見える化している。赤色はよく売れており在庫が少ない状態。黄色は適正在庫の状態。緑色は売れ行きがよくなく在庫が多い状態だ。水色は明らかな過剰在庫の状態を示す。
赤色の在庫が減りつづけると欠品し、販売機会を失うことになる。
つまり、ここに制約がある。赤色で示された製品を集中して生産すれば、制約は解消され、販売機会を逃さずにすむ。一方、水色で示された過剰在庫の製品については、「売れないモノをつくりたい」と思う人はいないから、生産は自然に抑制される。
サプライチェーン全体の制約を見える化したことで、変えられる未来に向かって現場が自律的に動き出した。売れ筋の製品がしっかり供給されるようになる一方、過剰在庫が減り値引き販売は減った。
それにより、利益は改善されブランドの輝きも戻り始めた。販売状況が生産現場にも伝わるようになり、工場で働く人たちのモチベーションが上がった。今まで、いがみ合っていた営業と生産の関係もよくなった。工場長はこの変革を次のように語った。
「言われた通りにものをつくる工場から、市場にサービスを提供する工場に進化した」
「進むデジタル化、進まないトランスフォーメーション」と世間で揶揄(やゆ)されるDXだが、この職場ではDXアオリ虫が真の変革を推進する益虫へと変わっていった。
また、興味がある方は「チェンジ・ザ・ルール」を題材にした『コミック版ザ・ゴール3』(ダイヤモンド社)もご一読いただきたい。また全体最適のサプライチェーン改革を学びたい方は『脱常識の儲かる仕組み』(アマゾン)をご覧いただきたい。
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