「顧客接点のデジタル化が急務だが、どう進めればよいか分からない」「AIの活用方法が具体的に見えない」「コンタクトセンターの運営効率と顧客満足度の両立に苦心している」──。
金融機関にとって、顧客との接点をいかに最適化するかは競争力維持の鍵と言っても過言ではないだろう。米Gartnerの調査によれば、金融機関の81%が競争要因はCXにあると回答し、顧客の58%がデジタルでの完結を望んでいる。このような背景から、AIなど先端技術を活用した顧客接点の変革が急速に進んでいる。では、具体的にどのような取り組みが効果的なのだろうか。
NTT東日本グループでBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)事業を専門に手掛けるNTTネクシアの河原宏之氏が、最新のAI活用トレンドと金融業界における実践事例を紹介した講演「コンタクトセンターDX/ローン獲得テレマーケティング/マネー・ローンダリング対策の事例と解決策」の模様をお届けする。
あらためて確認すると、CS(Customer Satisfaction)は顧客満足、CX(Customer Experience)は顧客体験を意味する言葉だ。
「もう少し詳しく説明しますと、CSは商品やサービスに対する満足度を推し量る指標である一方、CXは感情的、心理的な体験で得た価値という、比較的で総合的なものに重きを置いています」(川原氏)
「北海道旅行に例えると、北海道で食べた海鮮丼がおいしかった、という満足度がCSです。一方で、北海道旅行に向けて旅行雑誌を買って家族で計画を立てるワクワク感から始まり、飛行機に乗る前の保安検査所での待ち時間、旅行中の体験、そして『楽しかったね』と言って帰宅するまで、それら全ての総合点がCXとなります」
CSだけを追求しても、一部の体験が悪ければCXは低下する。例えば、いくら海鮮丼がおいしくても、店員の対応が悪ければ、旅行全体の印象も悪化する。また、海鮮丼を食べてお腹を壊しても、旅行は散々な思い出となってしまうだろう。つまりCXの向上には、CSの向上も欠かせない。AI活用においても、両方を視野に入れた戦略が重要となってくる。
それでは、金融機関におけるCS、CXはどのような状況にあるだろうか。金融機関の業務は預金、為替、融資など多岐にわたる。これらの業務それぞれにカスタマージャーニーが存在し、各所に顧客体験を左右するポイントがある。例えば、預金窓口での待ち時間はジャーニーの一部であり、顧客のエクスペリエンスを向上させるか低下させるかの要素となる。ここで川原氏は、新たな視点として、EX(Employee Experience:従業員体験価値)の重要性を指摘した。
「従業員がクレームを受けるとEXが下がります。また、コーポレート業務で煩雑な事務処理があるとEXを押し下げます。これが巡り巡ってCX、つまりお客さまに対する業務の質の低下につながったり、トラブルを招いてCSを低下させたりする恐れがあるのです」
こうした視点から、AI活用は単にCS向上だけではなく、EXの向上を通じた間接的なCX向上も目指すべきだと説明した。
では、CXにAIを取り入れていくには、どうしたらよいのだろうか。それを知るためには、CXにおけるAI活用のトレンドを把握する必要がある。川原氏から、世界的なCXイベント「エクスペリエンス'24」で発表された、AIの利用用途トップ3が紹介された。
これらを基盤として、CXのプロフェッショナルが最優先事項として掲げるのが「顧客体験のパーソナライズ」だ。消費者の82%がパーソナライズされた体験をブランド選択の原動力としており、これが現在のCXトレンドを形成している。
「CXという言葉が最近注目されているのには、理由があります。現在の市場で生き残っている企業は、すでに質の高いサービスを提供している。そうした中で差別化を図るとすれば、『顧客一人一人に対する体験』の向上が不可欠です。そこで必要となってくるのが、AIです」
CX向上のため、具体的にAIをどう活用できるか。川原氏はまず、コンタクトセンターの変革を挙げた。従来のIVR(自動音声応答)システムでは、「お問い合わせの種類に応じて番号を押してください」というような対応だった。しかし、番号の押し間違いなどにより、適切な担当につながれないといったCX上の課題があった。ここでAIを活用することで、IVRは顧客の発話を解析し、最適な部署に自動振り分けが可能となったのだ。
「『営業の提案をもらいたいです』という顧客の発話を音声分析やAI解析で分析し、営業部署に自動で振り分けられるようになりました。これなら、ミスなく確実に担当につなぐことができます」
さらに、顧客との通話内容をリアルタイムでテキスト化し、AIが自動で日報に変換したり、顧客の感情分析によってクレーム対応が必要な場合にアラートを出したりといった実用化も始めていると言う。
「最近のAIは、発話内容だけでなく、顧客の口調や語尾からAIが感情分析も行います。だから多角的に、お客さまの感情や要望を読み取ることができる。こうした機能によって、オペレーターの負担軽減と応対品質の向上が、同時に実現できるようになってきています」
テクノロジーの進化は非常に速く、わずか2年前にトレンドだったVOC(Voice of Customer)分析が今では全てオートメーション化されつつある。このスピード感を踏まえると、AI活用においても長期プロジェクトで取り組むより、迅速な導入と試行錯誤が重要だと川原氏は指摘した。
金融業界においては、CXの重要性と顧客からのデジタル化への期待が特に高いと川原氏は話す。米Gartnerの調査によると、金融機関の81%が競争要因はCXであると回答し、銀行の顧客の58%がデジタルでの対応完結を望んでいる。
「銀行が顧客体験にポジティブな影響を与える要因はデジタル体験であり、パーソナライゼーションと同等かそれ以上にデジタル化が重要視されています」と川原氏は強調した。
では、各金融機関では、AIをどのように活用して顧客との接点を作っているのだろうか。そしてAIを導入後、どのような変化が起こっているのだろうか。
AIの段階的な導入アプローチとして、川原氏はまずみずほ銀行の事例を紹介した。同行では以下の3フェーズでAI導入を進めている。
「この事例で素晴らしいのは、各フェーズに明確な目的があり、リスクヘッジが考慮されている点です。Phase1で社内利用のAIを通じてプロンプト(AIへの指示)のノウハウを蓄積し、Phase2で業務への適用を検証。その後Phase3で顧客サービスに展開するという段階的アプローチです」と川原氏は評する。
特に金融機関では、お金に関わる問い合わせが多く、精度の高さが求められる。100%に近い精度を確保してから顧客接点にAIを導入するというアプローチは、金融業界ならではの慎重さを反映している。
川原氏が勤めるNTTネクシアでも、AI搭載型のコールセンターシステムを導入し、オペレーターの応対品質向上と離職率低減に成功している。
「オペレーターが『ええと……お待ちください』と詰まった場合、AIがこれをアラートとして検知し、スーパーバイザーに通知します。また顧客が怒っている場合も感情分析で検知し、対応をサポートできます」
こうしたシステムは金融機関のコンタクトセンターにも大きな効果をもたらす。特に金融業界では専門性の高い人材が貴重であり、クレーム対応によるバーンアウトを防ぐことが重要だ。AIの支援によってオペレーターの負担が軽減され、離職率の低下を見込む。
これまでの川原氏の話から、金融機関のCXにAIを導入するメリットは充分に伝わったのではないだろうか。一方、AI導入においては注意しなければいけないことも、もちろんある。特に重要な留意点として、川原氏は以下の2点を挙げた。
生成AIは時として、誤った回答を提供することがある。特に正確性が求められる金融業界では、ハルシネーション(幻覚:AIが現実には存在しない情報を生成すること)への対策は必須だ。
「言語系AIは大量のデータに統計的分析をかけ、パターン学習を繰り返して回答を生成します。時には、合っているように見えて間違った回答をすることも。例えば、私が『日本初の宇宙飛行士は誰ですか』という質問を投げかけたところ、『毛利さん』と答えたケースがありました(正解は秋山豊寛氏)」
川原氏によれば、こうした問題への対策としては以下が重要だと言う。
また、組織としてのガバナンスとルール設定も不可欠だ。総務省・経産省のAIガイドラインなども参考にしながら、企業としての使用ポリシーを明確に定める必要がある。
「あるメガバンクは社内チャットの開発に2カ月かかりましたが、ルール策定にはそれ以上の時間、3カ月半もかけたそうです。AIは魔法のツールではなく、作った人間の思惑や指示が反映されるもの。だからこそ、運用ルールをしっかり考える必要があります」
顧客体験の向上のためには、AIの精度向上が不可欠だ。そしてAIの精度向上には、人力による業務の体系化と分析が不可欠だと川原氏は強調する。NTTネクシアでは、業務フローを詳細に分解し、各プロセスを標準化することで、AI導入の土台を作っている。
川原氏は最後に「金融業界では単にAI化を進めるだけでなく、その業界特有の専門性を生かしながら慎重にステップを踏むことが重要」と締めくくった。
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