これまで石丸氏の話を聞いていると、順調にDX化を進めてきたように思える。しかし、導入当初の社内では、BIツールへの懐疑的な声もあがっていたそうだ。なぜ、便利なツールを導入することに、反対の声があがるのか。石丸氏は、製造業特有の課題について指摘する。
「製造業界には、『システムに運用を合わせる』のではなく『運用にシステムを合わせようとする』文化が根づいているんです。特に、私たちのような特注品メーカーは、この傾向が強いかもしれません」
TVEはバルブの特注品メーカーとして、顧客の要望に応じた製品を作ることを重視してきた。
「お客さまごとに仕様を変える、カスタマイズするという文化が業務にも浸透し、各担当者が自分のやりやすいように業務をカスタマイズしてきました。その結果、業務が属人化し、システム導入の大きな障壁になっています」
「私たちの業界でよく見られるのが、ナイフを使って切ることは自分の仕事だと思っていても、ナイフを研ぐことは自分の仕事だと考えていない──という姿勢です。言われた通りのやり方で仕事をしているけれど、もっと効率的にできる可能性があることに気づいていない。ナイフを研げばもっと早く切れるのに、今切れているからいいやと満足してしまう。そういう考え方が、製造業には多いのかもしれません」
この課題への対応として、石丸氏は「成功事例を示して便利さを実感してもらう」アプローチを採用した。
「抵抗が強い部門に無理にDXを進めるより、意欲のある部門から始めて成果を見せる方が効果的です。便利さを実感してもらえれば、自然と広がっていくものですよ」
TVEはBIツール導入以外にも、さまざまなDXの取り組みを進めている。社内的にはクラウドストレージサービスを導入し、さらに営業部門ではフリーアドレス制を採用。これらの施策が相乗効果を生み、ペーパーレス化を大きく促進した。
「フリーアドレス制を導入したことで、社員は自分の机に書類を保管しておくことができなくなりました。それに伴い、クラウドストレージの活用が進み、自然とペーパーレス化が進行したのです」と石丸氏は説明する。
週ごとに席が変わるため、紙の資料を持ち歩くことが負担になり、必然的にデジタル化が進んだという工夫だ。
また、2025年1月には現場DXサービス「KANNA」も導入した。これにより残業時間が1日2時間程度削減されるという効果が出ているそうだ。
そして、TVEの次なる挑戦は、営業部門で蓄積されたナレッジの共有と生成AI活用だ。
「現在、営業部門のナレッジ情報を体系的に収集・蓄積しています。将来的にはこれを生成AIと連携させ、教育コストを削減したいと考えています」と石丸氏は展望を語る。
具体的には、社内で活用しているクラウドストレージに「暗黙知」を入力・蓄積し、それを「形式知」として共有する取り組みを始めている。共有される予定のナレッジは、技術的なノウハウから顧客対応のコツまで多岐に渡るそうだ。
「例えば『このバルブ部品を交換する際には、別の部品も同時に交換する必要がある』といった技術知識や、『特定の顧客には請求書にこの情報を記載する必要がある』といった業務知識、さらには効果的なセールストークなど、幅広い情報を蓄積しているところです」
最後に石丸氏は、DXの先にある展望について語った。
「デジタル化の目的は単に従来の業務を効率化することではありません。デジタル技術で生まれた時間を、より付加価値の高い業務にシフトすることが重要です」
デジタル化で生まれた時間を新規顧客の開拓や既存顧客とのより深いコミュニケーション、新たなビジネス機会の創出に振り向けていくことで、持続的な成長を実現したいという。
製造業のDX推進はさまざまな障壁があるが、TVEの事例は経営層のコミットメントと現場の創意工夫によって成果を上げられることを示している。Excel管理からBIツール活用への転換で年間1万1000時間もの業務時間削減を実現したTVEの取り組みは、製造業のDX推進に取り組む企業にとって、貴重な参考事例となるだろう。
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