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賃上げが進まない一因? “とりあえずパートで穴埋め”の企業が、今後直面する困難とは働き方の見取り図(2/2 ページ)

» 2025年07月29日 07時00分 公開
[川上敬太郎ITmedia]
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配偶者収入が家計を支える時代に――女性の労働参加が急増

 それより気になるのは、勤労者世帯の実収入が増えた背景です。

 内訳を見ると、世帯主収入は2002年に40万9741円。それが2024年は42万1379円へと1万1638円増えています。率にして2.8%の上昇です。通常の賃上げ水準を反映しているように映ります。

 一方、配偶者の収入は2002年が4万1730円で2024年は6万8063円。増加額は2万6333円で世帯主の2倍以上です。率にすると63.1%に及びます。他の世帯員収入や特別収入なども含めた実収入内の比率で表すと、2002年は世帯主収入が83.9%、配偶者収入は8.5%であるのに対し、2024年は世帯主収入77.6%、配偶者収入12.5%になっています。

 世帯主収入も配偶者収入も上昇してはいるものの、世帯主収入の比率は下がり、配偶者収入の比率は上がって家計収入内での存在感が増しています。配偶者収入を得ているのは、ほとんどが女性です。

写真はイメージ(ゲッティイメージズ)

 政府は年収の壁・支援強化パッケージを導入するなど、扶養枠を超えて働きやすくするような取り組みを進めてきました。家計補助として働いていた既婚女性の多くが扶養を外して労働時間を延ばせば、世帯主の賃上げ分以上に収入が増えた可能性があります。

 さらに注目すべきは、働く既婚女性が大きく増えていることです。労働力調査から役員を除く雇用者数を確認すると、2002年から2024年の間に増加した人数は実に415万人。逆に、世帯主の大半を占める既婚男性は16万人減少しました。

 新たに働き出した既婚女性の数が増えるほど配偶者収入の平均額は引き上げられ、世帯主収入との差が縮まるのです。ところがこの事実は、賃上げの勢いを削ぐ原因を示唆する象徴的な出来事でもあります。

 既婚女性の雇用が増えた6割以上は、パート・アルバイトを中心とするいわゆる非正規社員です。既婚女性以外も含めた総数においても2002年から2024年で雇用は864万人増えていますが、約8割を非正規社員が占めています。その約半数は65歳以上のシニアです。

 人口は2008年ごろを境に減少へと転じたにもかかわらず、既婚女性やシニア層を筆頭に就業する人の比率が上がったことで雇用者数は逆に増え続けてきました。そのため、会社は高い賃金を払って正社員を確保せずとも、非正規社員をうまく戦力化して必要な労働力を維持できてきたことになります。

非正規雇用が賃上げを抑制してきた構造とは?

 仮に非正規社員という選択肢がなく、正社員のみで人員を確保しなければならなかったとすれば、限られた人材をめぐる採用競争は激化し、賃金は一気に跳ね上がっていたかもしれません。非正規社員の存在が、正社員の賃上げを押しとどめる作用をもたらしてきた可能性があります。

 一方で、非正規社員の存在が失業率を低く抑えてきた面もあります。

 既婚女性のうち家庭の制約がある主婦層やシニア層などはフルタイム正社員だと働きにくく、非正規社員だからこそ働きやすかったりもします。

 会社としても正社員しか雇用することが許されない場合、賃金水準が高くて雇用調整がしづらいことなどを踏まえると、おいそれとは採用できません。結果、できる限り採用数を抑えた上で、繁忙や新規事業への進出などで業務量が増えたとしても既存社員の残業などで対応するといった人事戦略をとることになりがちです。その点、非正規社員だと採用がしやすくなります。

写真はイメージ(ゲッティイメージズ)

 現在は失業率が3%未満で推移し、ほぼ完全雇用といわれる水準にあることを踏まえると、正社員と非正規社員の併用という雇用構造には一長一短があると言えるでしょう。賃上げ推進と低失業率は、得てしてトレードオフになりがちです。しかし、主婦層やシニア層の就業者がこの先も増え続けるとは限りません。

 結婚出産などで退職する女性は減り、新たに労働参加できる層は少なくなってきました。また、最大のボリュームゾーンだった団塊世代が75歳を超えるようになり、就業意欲の高いシニア層が減少していくことも見込まれます。

 状況が一変するのは、新規就業者となり得る層が縮小し、雇用総数が減少に向かい出した時です。採用競争が本格的に激化して会社が及び腰賃上げから脱却せざるを得なくなれば、正社員もパート・アルバイトなどの非正規社員も含めて希少価値が高まり、一気に本腰を入れた賃上げが進む可能性が出てきます。

 AIやロボットなどの機械化がさらに進めば、人間が担ってきた業務の多くを助けてくれるかもしれません。

 しかし、機械化の進展があったとしても、どの業務をどの水準で任せられるようになるかは未知数です。また、管理監督責任は人間が担わなければならない以上、完全に機械に任せきりになるということはあり得ません。

 会社としては、機械に任せる部分と人に担ってもらう役割を明確に区別し、どの業務を誰にどれだけ任せるか――という業務設計を緻密に行う必要があります。その上で、人口減少により希少価値の高まった人材を戦力化するためには、思い切った高給を支払って迎えるという選択肢も視野に入れなければなりません。

 本格的な採用難到来が現実味を帯びてきている中、そうしたメリハリの効いた人員手配こそが、これから会社に求められることになります。「とりあえず一人工確保すればよい」といったザックリとした人員手配策をとっているような会社は時代の変化に取り残され、生き残ることが難しくなっていくのではないでしょうか。

著者プロフィール:川上敬太郎(かわかみ・けいたろう)

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ワークスタイル研究家。1973年三重県津市生まれ。愛知大学文学部卒業後、大手人材サービス企業の事業責任者、業界専門誌『月刊人材ビジネス』営業推進部部長 兼 編集委員の他、経営企画・人事・広報部門等の役員・管理職を歴任。所長として立ち上げた調査機関『しゅふJOB総研』では、仕事と家庭の両立を希望する主婦・主夫層を中心にのべ5万人以上の声を調査。レポートは300本を超える。雇用労働分野に20年以上携わり、厚生労働省委託事業検討会委員等も務める。NHK「あさイチ」「クローズアップ現代」他メディア出演多数。

現在は、『人材サービスの公益的発展を考える会』主宰、『ヒトラボ』編集長、しゅふJOB総研 研究顧問、すばる審査評価機構 非常勤監査役の他、執筆、講演、広報ブランディングアドバイザリー等に従事。日本労務学会員。男女の双子を含む4児の父で兼業主夫。


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